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デスクの独り言

第125回・令和2年1月30日
 
大館固有の風土

 
 「店員、従業員の接客マナーのお粗末さは、大館が抜き出ている」。仕事柄、秋田、青森両県を幅広く動いている、友人のひとりが言った。その友人に限らず、少なからずの市民が感じていることではないかと察せられるため、今回はこの"問題"に切り込んでみたい。

 市内のほぼ中心部に位置するショッピングセンターを、友人は例に挙げた。秋田、青森両県の大型小売店からラーメン店に至るまで、彼は多くの店を訪れ、気持ちよく迎えられる店か否かをチェックすることを"習慣"にしている。これは、ビジネスマンならでは、かも知れない。「価格は二の次。店内に足を踏み入れた最初の一歩が心地よいか、そして、最後まで気持ちよく買い物ができる店か、または最後まで持ちよく食事ができる店か」。それこそが、生き残りをかける上で最も重要な点、という。

 その明暗を分けるのが、レジ担当者だけではなく全従業員がこぞって「いらっしゃいませ!」と、心の底から発する能力があるかどうか。安い、うまい。その点のみ満足させられるなら、あいさつなどどうでも良いと考える消費者、客も少なくない中、数ある店の中からその店を選んでくれたことに対する感謝の気持ちとともに、「いらっしゃいませ!」と従業員、店長、店主が異口同音に言える店こそが長く愛され、厳しい競争を勝ち抜ける、と彼は結論づける。

 前述のショッピングセンター。彼は週に1度、家族とそこで食料、その他をまとめ買いしていた。その店舗に落とす予算は、1回あたり約1万円。1年で約52万円、10年で約520万円。これは決して少ない額ではなく、むしろ多いぐらいではないか。

 「お客さんは、意識して『いらっしゃませ』というあいさつは求めていないだろうし、私も『あいさつしてよ』というものではない」。それは、従業員らが自発的に率先して発すべき"おもてなしの心"なのであり、その一言はまぎれもなく客を心地よくさせる。

 だが、現実は「すれ違ってもそ知らぬふりをし、ひどい店員になると、隣に肩を並べて立っていても基本的なあいさつどころか、『商品を陳列している最中に邪魔だ』ぐらいのそぶりを見せる。さらには、買い物客の往来をよそに、店員同士で雑談にふける例もあった。プロ意識の欠如も甚だしい」。

 同社に対し、彼はメールで接客マナーのありようについて苦言を呈した。数日後、大館エリアの店舗を統括している者から返信があり、「貴重なご意見ありがとうございます」という型通りのあいさつとともに、朝礼の際にこの問題を提起し、全従業員の問題として共有し、改善に全力をあげる、と回答。

 それから数カ月間、彼は変化の有無を観察しながら従来どおり週1度のペースで買い物を続けたが、基本的なあいさつができる従業員がほんの2、3人出てきたほか、声を張り上げて商品をPRする者を配置しただけで、本筋は何も変わらなかった。

 実は、彼はこの企業の元社員である。単なるクレームのつもりで苦言を呈したのではなく、入社前の社員研修でいの一番に接客マナーを体に覚え込ませられ、何よりも「お客様第一」の精神を学んだ者として、あまりにも変貌した従業員らの姿に落胆し、より良い方向に軌道修正してほしいとの願いを込めたのである。

 そして、彼は元社員だったことを明かし、改善がほとんどみられていないこと、このままでは少しずつ買い物客が他店舗に流出してしまうことなどを、あらためて指摘した。

 だが、「2度もメールを送りつけやがって、クレーマーかい」あるいは「なんだ、元社員かい、辞めた奴の期待に応える必要も回答の必要もない」とでも思ったのか、大館エリアの店舗を統括している者は再度の苦言を黙殺した。

 そのショッピングセンターにその後しばらくの間、彼は足を踏み入れる気になれなかったが、同じ市内の全国展開のショッピングセンターもまったく同様で、客がいようがいまいがそそくさと商品の補充をするだけの"無機質な光景"が当たり前のように繰り返されていた。

 戦時中の物品配給ならともかく、1人でも多くの客を獲得しなければ生き残れない現代において、大館にはただ商品を陳列すれば消費者が勝手に手に取ると高を括る店員、従業員が多いことの証かも知れない。

 あと3例ほど紹介してみよう。次は、接客マナーというより、経営者としていかにお粗末かを示す例。2月の大館アメッコ市を見物に来た青森県の知人が、普通車をゆうに100台以上は置ける市内中心部のコンビニ駐車場の最端に数十分ばかり駐車してクルマに戻り、愕然とした。

 「あなたのナンバーは控えました。また駐車したら、警察に通報します。店主」とサインペンで手書きしたA4版の紙が、ワイパーとフロントガラスの間に挟み込まれていた。「1度とめただけなのに、警察に通報って…。ひでえ所だ、大館って! もう、買い物なんかしてやらねえ」と、彼は思わずつぶやいた。

 常習的に駐車していたならともかく、片道1時間半をかけて青森からやって来て、わずかの間アメッコ市見物を楽しんで気持ちよく帰ろうとマイカーに戻ってみたらこの仕打ち。怒りを買うのは当然であろう。周囲の何台ものクルマにも、紙を挟み込んでいたというから呆れる。

 そんな仕打ちを受けた人らは家族、友人、知人に事実を告げる可能性があるし、コンビニ経営者は寛大な気持ちの欠如を主因とする軽率な行為によって少なからず顧客を逃がしたばかりか、「大館って、ひでえ所だ」という風評の拡散につながりかねない。

 実は、こうした意識の店舗は大館に少なくない。「アメッコ市を見物に来たんですか、うちの駐車場でよければ、どうぞとめてください」という姿勢の市民、企業、店舗は、生え抜きの"大館人"である筆者ですら見たことも聞いたこともない。

 さらに、これは別の知人が体験したことだが、前述のショッピングセンター3階の100円ショップで買いたい商品があったため、エスカレーターで行きつけた。広いフロアをいちいち探すのも面倒なため、レジで尋ねようとしたところ、さっそく嫌な予感が背筋を走った。手空きの齢50前後の女性従業員2人が、見苦しいほど雑談にふけっている。

 そのうちの1人、背中を向けている従業員に声をかけたところ振り向きもしないため、もう一度声をかけると、「邪魔をするな」とでも言わんばかりの露骨に迷惑そうな顔を向けた後、能面を貼りつけたかのごとき無表情さで別の従業員を呼んで商品陳列場に案内させた。

 店員になぜそこまで露骨に迷惑な顔をされなくてはならないのか、というちりちりとした不快感とともに商品を手に取り、今度はプロとしての対応をしてくれることを願い、その女性のもとでレジを済まそうとした。それがまた、誤りだった。レジの作業をしつつ、彼女は顎をしゃくった。代金入れの皿に早くカネを入れろ、と無言の要求。ほんの5分の間に、2度も不愉快な思い。

 一瞬、「さっきといい、今といい、あなたは本当にプロの店員ですか。いりません、返しますよ」と喉元から舌先まで出かけたが、大人げない、と彼は無理やり憤りを押し戻した。

 目的があって購入した商品だが、客のことなど微塵も考えない店員から受けた唐突かつ理不尽な態度はなかなか記憶から消えるものではなく、購入した商品は捨てないまでも、未だ開封すらしていないという。

 もう1点、別の知人が体験した呆れた話。彼は、大館市の郊外にある小さなラーメン屋を10年以上前から贔屓にしていた。足を運ぶ回数は、1年に30回余。その回数で常連客と言えるかどうかはともかく、彼は「馴染み」と思っていた。

 冬のある夕方、彼は友人とクルマで行きつけ、店前の猫の額ほどの駐車場にとめた。その位置から、ラーメン屋の入口までほんの5、6メートル。玄関は引き戸が二重にあり、前の客が閉め忘れたのか、駐車場に面した戸が開いていた。

 不意に、60前後の女主人が中扉を開けて外扉に手をかけた。女主人が扉を閉めずに迎え入れてくれるものと、彼らはごく自然に思った。が、次の行動は予想外かつ意に反するものだった。玄関までほんの数歩に位置する客を一瞥するや、彼女はぴしゃりと戸を閉めた。店内に入ろうとするのを拒まれ、ぽつんと外に取り残された形。

 「気分わりいなあ、なんで目の前に客がいるのに戸を閉めんだよ。いつも来てる客じゃねえか」。強烈な不快感が走った。この店が初めてという友人も同様に不快に打ちのめされたらしく、「隣もラーメン屋だし、そっちサ行くべぇ」と言った。そこは、ラーメン屋が隣り合わせで客の奪い合いをしていた。

 だが、彼は「この店で食うのは、きょうで終(しま)いだ。おごるから、つきあってくれ」と求め、友人を渋々納得させた。彼の中でケジメをつけ、以降、通い慣れたラーメン屋に足を運んでいない。これは、店主の無遠慮な行為が決定的な衝撃を与え、大切な馴染み客を一瞬にして失った例と言えるかも知れない。

 一度離れた客に戻って来てもらうのは暗闇で針に糸を通すほどにむずかしく、まして県内でも廃業、撤退が相次ぐラーメン業界なら馴染み客を10年以上もつなぎとめるのがいかに至難の業であるか、他業種以上に痛感しているのではないか。

 前述の数例に類似したケースは「大館では日常茶飯事」と表現しても過言ではなく、買い物に来たのか、店員、従業員に不快な思いをさせられに来たのか、わからなくなる時すらある。ゆえに、友人、知人、筆者が経験した店員、従業員教育の欠落からくる消費者、客への不快感、失礼、お粗末さはいくらでも列挙可能だ。不思議なことに、隣接する北秋田市や県央の秋田市、隣県の弘前市や青森市、五所川原市など他地域では、そうした不快な経験は筆者ですら皆無といっていい。

 ではなぜ、冒頭の一文、「店員、従業員の接客マナーのお粗末さは、大館が抜き出ている」のか。それは、大館固有の風土なのではないか。この点は以前のコラム「殿様商売」でも巻末で触れたが、大館には鉱山によって国内屈指の潤いをみせた時代があった。「買ってください」と言わなくても、飛ぶように商品が売れた時代が続いた。それが経営者、従業員を増長させ、「買っていただく」ではなく「売ってやる」の、殿様商売が醸成されていった。

 バブルが弾けたように、当然のごとく鉱山全盛の時代は終焉を迎えたが、一度土地に根づいた殿様商売の意識を改革するのはむずかしく、結果、たとえ商品が売れなくても消費者に媚びへつらうことなどできぬという無意識的な精神構造が風土化した。ゆえに、時流に対応できない多くの"バブル時代"の店舗、企業が、客にそっぽを向かれて姿を消した。

 しかし、大館の負の遺産たる殿様商売の風土は地に横たわる汚泥のごとく連綿と残り、「気位の高さ」として少なからずの経営者とその下で働く従業員の無意識内で、今もちりちりと消えずにいるのではないか。重要なのは、彼らがそれを意識しているのではなく、無意識という点。つまりそれは、こすっても取れぬ垢のごとく総身にこびりついていることを意味する。

 他県から赴任きたある企業の支店長は言った。「社員、従業員としては、大館の人は扱いづらい。気位の高さが見え隠れする。無論、みんなというわけではないが少なくないし、それが接客の心構えにも反映されている」。なぜ「いらっしゃいませ」すら言えない、客を大切にしない店員、従業員が多いのか。その理由を、実は、市民自身が薄々感じているのではないか。それが「大館というところ」だと。