第72回・2006年4月10日 貿易と不法滞在 県や日本貿易振興機構・秋田貿易情報センター(ジェトロ秋田)などが推進に前向きな姿勢を示していることもあり、最近は県内でも貿易に関心を寄せる企業が増えている。当新聞社も貿易を事業の一環に据えているが、昨年から今年にかけてより強く問題意識を持ち始めている事案があるため、県内企業などに未然防止に備えてもらう意味で今回は16年2月22日付の第53回コラムに続いて貿易をテーマにしてみたい。 貿易にはさまざまな落とし穴があることは、実際に展開している企業なら十分に知っている。この中で今回取り上げるのは、ビザ取得の問題。こちらが売り手で、海外企業が買い手だとしよう。買い手側はアジア、アフリカ諸国のいわゆる発展途上国に限定して論じてもいい。 真っ先に指摘したいのは、メールや電話などでのやり取りを経て取引商材を確定した後、「日本で契約書を取り交わしましょう」「日本にお邪魔して現金決済させていただきます」と発展途上国の企業が切り出してきたら、要注意だということ。先進国なら、その点にそれほど疑心暗鬼になる必要はないが、発展途上国では日本を「夢の国」と考える傾向が強い。裕福な日本で働いて家族に仕送りし、少しでも生活を楽にしてやりたいという希望を多くの者が持っている。 発展途上国の企業の中には、まっとうな企業を装いつつ実は国内の希望者から金銭を得て日本に潜り込ませるブローカーの役割を担っている企業も少なくない。当新聞社に接触してきたブローカーには、企業どころか地方自治体(町)や教会まであった。 日本に不法滞在者を送り込もうとする企業などはまず、車両や中古パソコン、衣料品などさまざまな商材について、日本から大量に仕入れたい、と接触してくる。業務実績がかんばしくない日本企業などは、輸出によって多額の利益を得ることに期待をいだく。何度かやり取りをした後に、発展途上国の企業の少なからずが前述の、「日本で契約書を取り交わしましょう」「日本にお邪魔して現金決済させていただきます」と切り出してくる。 そうした場合、日本企業は相手企業の派遣者のために招聘(しょうへい)状=インビテーション・レター=と査証(ビザ)申請に関わる保証書を、現地の日本領事館に提出しなくてはならない。この人を日本に招くにあたり、当方がすべての責任を持ちます、という誓約書の性格を有する公文書だ。これに基づいて現地の日本領事館は、ビザを発給するかどうかを決めるために相手企業の日本への派遣者と面接し、過去に不法滞在をしていない、あるいはそうした者を日本へ送り出したことがないなど問題がなければビザを発給する。ビザは、ビジネスビザや観光ビザなどいくつかに大別されるが、文字通りビジネスを目的とするビジネスビザは、日本企業から招聘状を得ることが必要不可欠だ。 発展途上国の企業が招聘状などを日本企業に求めてきた際に、ビジネスが目的なのか、あるいは不法滞在者を日本に送り込むのが目的なのかを判断する材料がある。「日本領事館に提出するので招聘状を送ってもらえるか」と切り出してきたら、「最初に2、3度商品売買をして、その実績に基づいて信頼関係を構築してからでも日本で会うのは遅くはない」と返してみる。真に取引が目的なら相手はそれに納得して日本企業との間で商品売買を開始する。しかし、不法滞在者を送り込もうとしている場合は、「契約書はどうしても面と向かって交わさなくてはならない。取引なのだから、それが礼儀というものではないか。日本で会うのは絶対条件だ」などと主張してくる。その時点で「怪しい」と疑わなくてはならない。 さらに、その「怪しさ」を確信に至らせる方法は、実際に行く行かないは別として、日本と最も近い位置にある国、例えば韓国のソウルあたりで会う方法、あるいは「直接、あなたの会社に出向く」と切り出しみる。取引が目的の場合は、発展途上国の企業はそれに応ずる返答をする。しかし、不法滞在者を送り込むのが目的の場合は「会うのは日本でなくてはならない。私は日本に行ったことがないので、この機に観光もさせてほしい」と望む。「日本で会わなくてはならない」が、不法滞在者を送るのが目的なのかどうか、の大きな判断材料となる。 相手の腹の内を読む方法がもう一つ。例えば、秋田県内の企業が発展途上国の企業担当者と都内のホテルで会うことにするとしよう。その場合、日本企業側は普通なら1泊2日、長くても2泊3日程度でチェックアウトするが、不法滞在者を送り込もうとする相手企業の圧倒的多くは1週間程度、場合によっては10日近く宿泊予約したがる。滞在希望日数は、宿泊ホテルの名前、所在地などとともに招聘状にすでに記されている。 日本企業側にすれば、契約書を取り交わしたり、現金決済が終わったら早く国に帰ってもらいたいのが本音だ。滞在中の何日もの間に万が一、事件を起こされたらたまったものではない。だが、「せっかく日本に来たのだから、ゆっくり観光をしたい」などと理由づけ、彼らは執拗に長期滞在したがる。 これは推察だが、日本には東京、大阪など大都市圏を中心に不法滞在を手助けする各国のネットワークがあり、日本に入り込んだ後、行方が分からないようにする準備のために数日を要するのではないか。2泊3日程度のごく短期滞在で引き払うことにしてしまえば、帰るべき日になっても国際空港に現れないため足がつきやすい。こうしたことから、日本滞在の期間をできるだけゆったり取って、その間に国内のどこかに行方をくらます準備をネットワークや介在者の支援を得て完了するのであろう。 ビザを取得してまんまと成田など日本の国際空港に到着した後、成田の入管は在外日本領事館以上に厳しく入国者をチェックする。日本領事館がビザを発給した者でも、日本の地を一歩も踏むことなく、その日のうちに強制送還させられる場合も少なくない。まして、テロの脅威にさらされている現在は一層そのチェックは厳しい。日本企業が保証人となった場合は、招いた企業に入管から到着時に連絡が入り、2、3点確認した後、「それでは問題がないと判断して、入国を許可します」となる。 そこで彼らは初めて「夢の国」入りが許されるわけだが、入国後の行動には二つのパターンがあるように思える。一つは、国際空港のロビーや予約ホテル、会社などで日本企業側担当者や代表といったん会うパターン。この場合、送り込まれた者は相手側企業の管理職の名刺を持っている場合が多く、それは実際に管理職である場合と嘘の場合がある。日本大使館で面接を受けなければならぬ手前、ほんの最近入社したことにして、いきなり部課長の名刺を持っている例もあるため、日本企業側はその真偽を読み取れない。 ホテルなど落ち合う場所で商談に伴う契約書に署名捺印はするが、あらかじめ現金決済の約束をしていたとしても、不法滞在が目的の場合は現金を日本企業に支払うことはあり得ない。取引が目的ではなく、不法滞在が目的なのだからそれは当然で、契約書もただの紙切れにすぎない。日本企業側との国内でのやり取りが終わると、いよいよ彼らの目的開始で、ネットワークなどの協力者と接触してあらかじめ決めておいた潜伏先に向かう。こうなると、よほど警察が本腰を入れない限り、行方をつかむのは不可能に近いし、相談をしても国はその者たちをあえて労力を費やして探して強制送還させるようなことはしない。 あと一つは、ホテルなど落ち合う場所に来ることもなく、国際空港を出てそのまま姿を消してしまうパターン。たとえ空港ロビーで会えたとしても、結局はその場限りで、帰国せずに日本国内に潜り込む。どちらのパターンにしろ、貿易を目的に彼らを招いた善意の日本企業は不法滞在者を送り出す発展途上国の企業(ブローカー)にまんまと利用されたにすぎない。海外に支社、支店、営業所を配置している大企業ならまだしも、日本の中小企業が発展途上国の企業の素性を調べるのはむずかしい。在外日本領事館が事前調査の役割を担ってくれるなら別だが、領事館も相手企業を調べてはくれない。 だまれさた日本企業は、まぎれもなく被害者である。運悪く入国を許してしまった不法滞在者が一斉摘発などで強制送還されるなら、まだ救われる。しかし、それら不法滞在者が日本国内で強盗傷害、殺人などの凶悪事件、さらにはテロをしでかしたら、健全な貿易を目的に相手を信じて日本に迎え入れた日本企業にも災いが及ぶ危険性がある。 また、問題なのはそれら不法滞在者の隠れ蓑になっている日本企業が少なくない点だ。発展途上国から来た労働者は、日本人の数分の一の賃金で使える。このため、不法滞在者と知りながら工事現場や港湾などで働かせているケースが多い。事件が発生した場合、善意の立場でだまされて招き入れてしまった企業には責任は及ぶことなく、不法滞在者と知りつつ雇用しているいわゆる犯罪助長企業に対して罰則を強化する。そうした切り分けを今後は、法的な面で一層明確にすべきであろう。 絶対にあってはならないことだが、例えば、不法滞在者に市民が家族の命を奪われたとする。その家族は「あなたの会社が、あの者を迎え入れなければこんな事件は起きなかった」と、怒りの矛先を善意の日本企業に向ける場合もあるかも知れない。しかし、前述にあるように不本意にも迎え入れてしまった日本企業もまた被害者なのである。国際化がさらに進むにつれ、今後一層不法滞在者は増え、大都市圏だけではなく地方でも外国人が凶悪犯罪を起こすケースが増えるのは予想に難くない。外国人による凶悪犯罪を未然に防止するためにも、貿易を展開する日本企業はよほど信頼関係を構築していない限り、安易に日本へ迎え入れるべきではない、と強調したい。 前の関係コラム |