デスクの独り言

第88回・2009年1月21日

未知数 

 20日昼(日本時間21日未明)の宣誓、就任式典を経て、第44代米大統領が名実ともに誕生した。バラク・オバマ氏(47)。情報伝達の速度が今と昔とでは比較にならないため、同じ条件下では論じられないものの、これほど自国のみならず世界中から注目され、期待されている国家元首は人類史上かつていただろうか。「国家元首」というより、1人の人間としてこれほど世界中から熱い視線を注がれる者は、古今東西、存在しなかったのではないか。

 新大統領の就任式典を見届け、連邦議会議事堂からヘリで去って行ったブッシュ前大統領。年が明けて間もないころではなかったか。テレビ番組の中でローラ夫人とともに、インタビューに応じた彼は「誰にも注目されず穏やかに余生を過ごしたい」という意味の言を放った。恐らく本心であったろう。「ほとんど」と形容し得るほど、彼は大統領として評価されなかった。みずからの方法論に自信と誇りを持って事に臨んだ8年間だったろうが、歴代大統領の中でこれほどの低評価に甘んじざるを得なかった大統領も過去にはいなかったろう。彼に対する国民の憤懣はとどまるところを知らず、CHANGE=変革を訴え続けて激戦を制したオバマ氏が、人種や世代を超えて米国を再生するべく新大統領に選ばれた。

 就任演説の中でオバマ大統領は「新しい責任の時代」と表現し、米国の再生に向けて1人ひとりが責任を果たすよう、全国民に求めた。彼の一身に、国内はもとより世界中から「過大」ともいえる期待が寄せられている。だが、彼は神ではなく生身の人間である。たとえ大統領という最高の地位に就いても、なし得ることとなし得ないことがある。

 まして、経済問題やイラク問題をはじめとする課題がかつてないほど山積する中での就任なだけに、一つでも多くの、そして少しでも早く問題を解決するために、オバマ大統領が「国民としての責任を果たしてほしい」と訴えるのは当然のことであり、国民の側にとっても許される要請であろう。つまり、大統領を先頭に一致団結しなければ再生など到底実現しない、ことを意味する。

 これまでの大統領と最も大きく異なる点は、大統領とともに何とかしなくてはと考える国民の絶対数の多さではなかろうか。新大統領の就任を我がことのように喜ぶ国民がこれまでとは比較にならぬほど多いのは「何かが、よい方向に変わるかも知れない」と期待しつつ問題を共有する国民の多さを物語っていよう。

 とはいえ、協力は惜しまないと考える米国民が多い反面、「1日も早く何とかしてほしい」と過大な期待だけを寄せる国民も少なくない。注目したいのは、1年後のオバマ大統領を国民が、かつ世界がどう評価しているか。短期間に問題を解決できないことは国民も承知だが、少なくとも1年経過して希望の糸口が何も見えてこなければ、当然のことながらオバマ大統領にも「?」がつき、やがては「!」となる。

 オバマ氏は米国家のための大統領ではなく、米国民のための大統領、かつ世界のための大統領であることに異論を唱える者は少ないのではないか。そうした意味でも今後、可能な限り早く明確な「実績」が彼には求められ、最短でもこれから1年後、国民に「何もよくなっていない。ブッシュの方がまだましだった」と評価されることになろうものなら、それは大統領としての力量や資質が備わっていない人間を選択した米国民の過ちとなる。また、オバマ大統領が求める「責任」を米国民が果たそうとしないことの裏返しでもある。いずれにせよ、力量が未知数の彼に対する期待が過大すぎる点は米国民も自戒すべきで、やがて「オバマではだめだ」と口々に叫ぶような情勢にならないことを期待する。

 ところで、米国には白人至上主義者が少なからず存在する。選挙戦の最中にも、そうした者の一部がオバマ氏を暗殺しようと企てる動きがあった。白人至上主義者らも今後、「オバマが大統領になったのは正しかった」と思える方向に米国が再生されていくなら"行動"を起こす可能性は低いだろうが、弱体化する一方の米経済をはじめとする問題に改善の兆しが見えなければ、不測の事態はあり得よう。無論、米国初の黒人大統領ということもあって、大統領の周辺は鉄壁の警備体制を構築しているとは思うが。

 アフガニスタンへの増派など強硬な構えを打ち出す一方で、世界協調路線を明確にしているオバマ大統領の姿勢は、単独行動主義だったブッシュ前大統領とは明らかに異なる。よい方向への「変革」は米国民のみならず、世界中の誰もが切望することであり、新大統領への期待の大きさは計り知れない。彼の「力量」と「期待」を天秤にかければ、「未知数」な分だけ「期待」の方がはるかに重い。人類の注目を一身に受ける1人の人間が、閣僚ら周囲を巧みに使いこなしつつ、どれだけ米国を、そして世界を変えられるのか、一挙手一投足が見守られる。