第82回・2007年10月24日 比内地鶏が泣いている 目も当てられない、とはこのことである。株式会社比内鶏(藤原誠一社長、大館市二井田字前田野105番地4)がしでかした比内地鶏加工食品の表示偽装"事件"。材料に比内地鶏を使用していると偽り、他種類の鶏肉、卵を使用していた事実が公表されたのは20日夜。偽装が判明したのは、そもそもの発端である燻製をはじめ15製品にのぼる。 県が生肉まで深くメスを入れるのか否かは分からないが、もし生肉も比内地鶏と偽ってブロイラーなど他の鶏を出荷していたとすれば、長い年月をかけて「日本三大美味鶏」の一角をなしてきた比内地鶏の価値は、完全に地に堕ちる。長きにわたって社会を欺いてきた(株)比内鶏が、生肉だけ"無傷"でまっとうな商品を出荷してきたとは、ここに至ってはむしろ考えにくい。 料理人を含めて比内地鶏に精通した人は、比内地鶏とそれ以外の鶏との味の違いを容易に判断できるが、めったに口にすることのない人は、区別できない。そうした意味でも、県は生肉については後回しにせず、即刻調査を開始すべきである。 比内地鶏の"原形"は比内鶏。昭和17年に天然記念物に指定され、一般に「原種比内鶏」と呼ぶ。本県の県鳥であるヤマドリを基礎に、先人が努力を重ねて比内鶏を作り上げた。比内鶏と米国原産のロードアイランドレッドとの交配によって誕生したのが比内地鶏。県畜産試験場をはじめ、さまざまな方面の研究、努力の結集で誕生した、まさに本県が全国に誇る地鶏だ。 (株)比内鶏の偽装によって、県全体で積み重ねてきた信用は根底から揺らいでいる。匿名の"タレ込み"を受けて県が調査に乗り出したわけだが、そこで次々と明かされた同社の実態が社会に衝撃を与え、中でも20年にもわたって偽装し続けてきた事実は甚大である。 最近では「ミートホープ」「白い恋人」「赤福」など出荷元がしでかした"事件"がそれぞれ社会に大きな衝撃を与えたが、(株)比内鶏のケースはそれらとは異質のものである。というのは、「比内地鶏」は一企業の商品ではなく、本県全体のブランドだからだ。みんなが心血を注いで守り抜いてきた「比内地鶏」という最高の地鶏ブランドを、(株)比内鶏は地に貶めた。そのダメージたるや、計り知れない。 当新聞社の流通部門も、比内地鶏やきりたんぽセットなどの産直品を全国に向けて卸・小売りしている。(株)比内鶏の一件が社会に公けにされた20日夜のうちに、卸元の社長に「大丈夫ですね」と念押しし、正真正銘の比内地鶏であるとの確信をあらためて得た。翌日には、比内地鶏を卸している神奈川県の料理店から問い合わせがあり、「安心してください」と伝えた。 そして23日には、青森県の料理店から「今のところ、比内地鶏を使用した料理の売上は落ちていないが、お客さんたちから、これは本当の比内地鶏だろうね、と訊かれて困っている。安心の証明がほしいので、捺印とともに一筆したためてくれないか。それを店内に貼り出すから」との要望があった。卸元と連名で判を押し、その日のうちに郵送した。 これは一例にすぎず、不届き極まりない(株)比内鶏の所業は、本県にとどまらず比内地鶏に関連する全国のありとあらゆる場所に多大な迷惑をかけているであろう。唯一の"頼み"は、24日現在、生肉まで手を染めていたことになっていない点で、今後の調査で1羽でも生肉の偽装が出てくれば、比内地鶏は今後10年は立ち直れまい。絶対に許せない、と比内地鶏にかかわってきた誰もが思っているに違いない。 そして、最も大きな迷惑をこうむったのは、信じて購入した消費者である。消費者が背を向けてしまったら、何も成り立たない。何千羽もの比内地鶏を手塩にかけて育てている生産者は路頭に迷い、借金の返済にも困り、みずから命を絶たなくてはならなくなるケースもあるかも知れない。(株)比内鶏は、それほどの悪事を続けてきたのだ。全体に与えるダメージの大きさという点では、現在も報道がなされている「ミートホープ」や「赤福」などの比ではない。 (株)比内鶏に今年7月、見積書を出させた。無論、当時は偽装のことなど一部関係者以外、知るはずもない。比内地鶏は特殊な商品で、仕入れルートの確立がむずかしい。数年来のつきあいである仕入元が倒産でもすると、販売不能に陥るため、複数の仕入先を確保しておく必要がある。このため、県北部のJAと(株)比内鶏、そして大館市比内町の食肉加工会社に接触した。 「取引をするかどうかは見積書を見てからです。至急送ってください」と依頼すると、電話口で(株)比内鶏の担当係長は「本日中に送ります」と約束した。しかし、待てど暮らせど届かず、3日が経った。「その日のうちに送ると約束したのにどうなっているのか」とクレームをつけると、女子社員が「係長は3日前から出張に出てまして、きょう帰ります」と答えた。見積書を送る簡単な作業を部下にまったく引き継がず出張した、つまりほったらかしの姿勢はさすがに許しがたく、「お宅はいつもそのようにでたらめなことをしているのか。あなたじゃ話にならないから、社長を電話に出してください」とたたみかけると、女性社員はやや狼狽した様子で「こちらから電話させます」と応えた。 10分ほどして、社長ではなく出張先から担当係長が電話をよこした。番号からして、自分の携帯電話であろう。「あなたじゃなく、社長を出せと言ったんですよ。なぜ、今ごろあなたが電話してくるのですか」と嫌味の一つも支度すると、担当係長は「あれからすぐに、出張へ」と弁解しようとしたため、「分かりました。お宅の会社がいかに不誠実か理解できましたので、見積書は送らなくて結構です。そんな会社との取引は、こちらから願い下げです」と言って、受話器を置こうとした。 担当係長は「きょう必ず速達で送りますから、見積書だけでも受け取っていただけませんか」と食い下がった。「ご勝手にどうぞ」とだけ答え、不快なやり取りを終えた。翌日、見積書が届いて目を通すと、比内地鶏1羽の価格が現在の仕入先の卸価格より、600円も高かった。「ふざけるな。これは卸価格じゃなく、小売価格じゃないか」と思わず口をついた。見積書はあれ以来、誇りを被っている。 間一髪で危機を免れたような気がする。もし、仕入を開始していたら、と思うとぞっとする。(株)比内鶏は約100カ所に卸してきたとのことだから、実際に仕入れた業者は、顧客からの問い合わせに応じたり新たな仕入先の確保などで、てんやわんやだろう。 20日以降雲隠れをしていた(株)比内鶏の藤原誠一社長は24日夕方、さして憔悴しているとも思えぬ顔で報道陣の前に姿を現し、「自分の指示でやった。会社の利益のために、ずるずるとやってしまった」などと、県外の人なら意味不明と感ずるであろう泥臭い秋田弁で語り、"大罪"を詫びた。県の調査に率先して立ち会わなくてはならぬ立場なのに、今さら現れたりしてどういう了見なのか。1人で考えたかった、とでもいうのか。「山中をさまよったが、死にきれなかった」とも言ったが、そのようなことをしようものなら、最低の責任回避だ。子どもではないのだから、きちんと尻拭いをして会社を閉じるべきではないのか。彼は比内地鶏を貶めただけではなく、 秋田県、そして大館市のイメージをも著しく損ねたのである。 この偽装は、およそ常識というものを持ち合わせぬ、あのような社長がいる会社だから、続くべくして続いた、といっても過言ではない。振り回された社員らも哀れだが、到底同情できるものではない。生活のためとはいえ、それに加担したのは事実なのだから、彼らはみな一蓮托生である。社会に対していかに大きな迷惑をかけたのか、反省とともに深く認識してもらいたい。比内地鶏は今、鳴くにあらず、悲しみと憤りで泣いている。 一般記事 |