第77回・2006年11月15日 何が彼をそうさせたのか 大仙市の保育園児、進藤諒介ちゃん(4つ)が暴行を受けて死亡し、母親と交際相手の男が逮捕された事件は、藤里町の2児殺害事件に続いて「またか」と、県民ならずとも全国に沈痛な思いをさせている。 当新聞社記者は、進藤美香容疑者(31)と交際していた県立大館高校非常勤技師、畠山博容疑者(43)=大館市十二所一の地75=の母親に「息子が警察に連れて行かれた」数時間後に接触できた。他人事で藤里町の2児殺害事件をテレビで観ていた家族に、突然降って沸いた悪夢。「息子のことがテレビで全国に流されて、もう外も歩けねえハぁ」と、母親は涙をこらえつつ言った。 母親に「自分は何もやっていないし、これは何かの間違いだ。心配することはない」と言い残して署員と去った息子。その時、彼の胸に去来したものは何だったのか。奈落の底に突き落としてしまった家族に、気休めでそう口にしたのか。あるいは身の潔白を証明してみせるという意志の表れだったのか。母親は「何もやっていない」ことを心の底から信じたいと語っていたが、逮捕されてさほどの時を経ずして彼は、容疑事実を大筋で認めた。結果的に彼は、母親をはじめ家族の願いを踏みにじったことになる。 以前から虐待を繰り返していたり、駅に放火したり、気がとがめることもなく二また交際をしたり、と進藤容疑者の精神は明らかに尋常ではないと思える。そんな中にも、どこかに「愛すべき点」を見い出し、畠山容疑者はこの数年、進藤容疑者とつきあってきたのだろうか。 「1度も進藤の名は、息子の口から語られたことはない」と畠山容疑者の母親は、当新聞社記者に明かした。出会い系の媒体がきっかけだったとはいえ、息子に1日も早く嫁をと願っていた親の気持ちは畠山容疑者も十分すぎるほど理解していたろうし、たとえ「悪女」であったとしても畠山容疑者は遊びではなくまじめな気持ちで進藤容疑者に接していたような印象を受ける。 今回の事件で、一つ、腑に落ちない点がある。彼を知る周囲の人たちが「彼なら(殺人も)やりかねない」と語るほどの人物なら、今回の事件も「さもありなん」ということになろう。しかし、「頼まれたら嫌とは言えない人」「気持ちよく周囲と接する人」「勤勉な人」など人間的評価はむしろ高い。地域活動やスポーツにもかかわってきた。 そのような人物が前日に大館の温泉で進藤母子と、他人から見れば「親子3人」のように過ごしておきながら、翌日、「泣いてぐずったので、かっとなってやった」などということが、あり得るのだろうか。母親1人だけなら、精神不安定な状態からして、それもないとはいえまい。 しかし、ふだんから穏やかな人間がまるで豹変したかのごとく、前日から少なくとも楽しく過ごしてきたであろう子を母親と一緒になって、頭蓋骨にひびが入るほど殴りつけられるものだろうか。畠山容疑者の母親や同容疑者を知る人たちの話を総合するに、もし進藤容疑者がわが子を殴りつけるようなことがあるなら、それをいさめるのが畠山容疑者の性格のように思えるのだが。 精神が錯乱したような進藤容疑者と一緒になって幼い子に瀕死の重傷を負わせ、報じられているように進藤容疑者1人に自宅近くの用水路まで車で運ばせて殺害したのが仮に事実だとすれば、「鬼畜」ともいえるその姿が畠山容疑者からは今ひとつ"絵的"に浮かび上がって来ない。本当に共謀して殺害したとすれば、「いい人」と周囲に思わせてきた彼の表面(おもてづら)は徹底して善人をつくろった仮面で、内面には家族ですら知り得ぬ"鬼"が厳然と存在したことになる。 暴行は、大仙市北楢岡の道の駅「かみおか」で加えられた。仮に畠山容疑者が道の駅のトイレにでも行っていて車内にはおらず、その間に進藤容疑者がわが子を衝動的に殴りつけたとする。万が一そうだとすれば、周囲が評価してきた畠山容疑者の人柄からしてまず子どもを病院へ連れて行き、進藤容疑者に自首を促したかも知れない。 だが、畠山容疑者が真剣に結婚を考えていたとすれば、進藤容疑者を犯罪者にしたくはなかったろう。話し合った末、2人は子どもを事故に見せかけようとした。その行為に罪の意識を感じた畠山容疑者は、たとえ殴りつけたのが進藤容疑者1人であったとしても、「2人で暴行を加えた」と供述…。無論これは、考えすぎであろうが。 いずれにせよ、いたいけな子を死に追いやった行為に情状酌量の余地はない。とどのつまり、周囲に「いい人」と思わせてきた畠山容疑者の真の姿は、進藤容疑者同様、冷酷無残な人間ということになるのか。 「息子に1日も早く嫁を」と願っていた両親に、畠山容疑者は最大の不幸を味わわせている。成長するにつれて楽しいこともたくさん経験していったであろうに実の母親の手にかかったことへの諒介ちゃんの無念、今もこれから先も絶望の淵に立たされる両容疑者の肉親の胸中を思うと、何ともやりきれない。 |