デスクの独り言

第56回・2004年5月24日

熟考の重さ

 昨年11月14日の当コラム第52回では「数の論理」と題し、町民に市町村合併の是非を問う比内町の町民意向調査の結果に基づいて当時の町長、大沢清治氏が近隣市町村とは合併せず「自立」する意向を固めたことに対し、その決断は性急であるとの批判を加えた。同調査の結果は、合併に「反対」が4,204人(50.14%)で、「賛成」が2,918人(34.80%)、「わからない」が1,263人(15.06%)と、ぎりぎり半数超が「反対」で占められた。ようやく過半数に達した程度で「合併せず」を独断で決めていいのか、との論拠で批判した。結局、前町長はみずからの考えを押し通し、3月の町長選で新人佐藤賢一郎氏に敗れて町長室から姿を消した。

 前置きが少し長くなったが、きのう23日に佐藤町長の公約である「合併について町民の意思を問う住民投票」が行われ、即日開票の結果、合併賛成3,380票、合併反対3,334票という結果が出た。その日のうちに同町長は、賛成票が多いという結果を重視して大館、田代両市町との合併を推進する旨の見解を明らかにした。

 その見解に対し、佐藤町長に問いたい。「あなたはいったい、何をいっているのか」と。票の結果をもう一度よく眼を見開いて見てほしい。賛成3,380票、反対3,334票。その差はわずか46票で、ないに等しいほどの差なのだ。横並びに近いといってもいい。これが町長選や議員選なら、わずか1票の差でも雌雄を決する。しかし、今回の選挙は勝敗を決める性格のものではない。

 町長は開票後、合併反対に票を投じた町民に配慮しつつ、大館市と田代町の合併協議会への参加を進めていくとの考えを示した。断っておくが、昨年11月の当コラムでは大沢氏が「合併反対」の結果を重視したことを批判し、「合併した方がいい」とは一言も論じていない。性急に結論を出さず、なお熟考すべきとの考えを強調したのである。

 昨年の調査では、合併賛成、反対の差が1,300人近くにのぼるなど、白黒がある程度明確に表れていた。しかし、今回はわずか46人、その差は1.38%にすぎない。きわめて拮抗しているのだ。しかるに、佐藤町長はいかなる論拠で「合併賛成多数」と判断できたのか。前町長以上に熟考を要する状況になったにもかかわらず、である。となれば、合併反対3,334票はまったくの死に票ではないか。町長は「46票しか差がない」「賛成と反対は拮抗している」という事実に真っ先に眼を向け、「なお熟考する」と答えなくてはならなかったのである。でなければ、「合併の賛否を問う選挙ではなく、合併推進を大前提とする選挙」と、合併反対に票を投じた有権者らに断じられても仕方がない。

 事実、合併のための住民投票だったとも思える節がある。市町村合併を考える町民懇談会最終日の19日に佐藤町長は、同日成立した合併関連3法の中の経過措置に関連し、大館、田代両首長から協議時間を取れるよう協力する旨の回答をもらっていることを明らかにした。これは、「比内町はあなた方との合併を再度考えたいが協力してもらえるか」と、佐藤町長が打診しなければ得られない返事だ。問題なのは、住民投票による結果が出てもいないのに合併を前提にこのような接触をしているという点である。となると、「住民投票は何だったのか」と疑問視せざるを得ない。

 また、同日の町民懇談会で町長は同じく成立した合併特例区に触れ、合併後5年間、「比内区長」として続投する決意を示している。これもやはり、「合併する」の腹づもりがないと出てこない論拠だ。それらを総合して考えるに、町長は46票どころか、たとえ1票差でも「この結果を尊重する」との見解を示していたものと推察される。つまりは、初めに住民投票ありきではなく、初めに合併ありきの発想なのだ。

 比内町が同じテーブルに再度つくのは、大館、田代両首長にとっては1も2もなく歓迎で、その胸中は両氏とも開票当夜のうちに吐露している。市町村が単独で生きていくのはますます困難を極める時代を迎えつつあり、大館市と田代町だけではなく、これに比内町が加われば財政面を含むさまざまな観点から望ましいのは疑う余地はない。これに鹿角市や小坂町が加わればさらに足腰の強い自治体の構築が期待できるし、鷹巣阿仁地域の5町村も一緒になって秋田北地方10市町村が1つの市となれば理想的ではあるが、現時点ではそこまでは望むべくもない。

 合併に賛成票を投じた比内町民が当コラムを読めば、「町長が賛成を尊重しているのに脇から余計な口をはさむな」との罵声を浴びるかも知れない。しかし、今回の住民投票は脈々たる歴史を培ってきた比内町が、町単独で生き続けるか、「大館市」として生まれ変わるかを事実上決定する歴史的投票なのだ。ある意味では、その重さは町長選の比ではない。だからこそ、町長の考えに依存するあまり、町民には誤った判断をしてもらいたくないのである。

 28日の議会全員協議会では今結果に対して合併賛成、反対議員らが激論を交わすものと予想されるが、後に禍根や後悔を残したくないという気持ちは誰しも同じであろう。比内町民には「大館市と合併したはいいが、何にもいいことがないではないか」と将来的に思ってほしくはないし、合併しなければしないで「やっぱり合併した方がよかった」と後悔してほしくない。

 佐藤町長は先の町長選でも、現職が著しい財政悪化を招いたとして住民投票、というより合併によって建て直しを図るべきとの考えを示したと思える。そうしたことからすれば、今回の46票差は願ってもない「合併賛成多数」となろうが、本当は46票差の裏に介在する"真実"に眼を向け、町民の声にもっと耳を傾けるべきでなのある。それこそが熟考なのだ。何を急いでいる、といいたい。