デスクの独り言
                          
第39回・2002年9月7日

ネット地獄

 日本のインターネット人口は、昨年末で5,593万人(総務省調べ)に達した。秋田北地方でも飛躍的に増えている。インフラ整備の格差は都市部との間で開いたままながらも、ITは確実に全国隅々に進展している。インターネットから得られる情報の量も想像を絶する。「ドラえもんのポケット」と呼ぶ人もいるほどだ。今後年を重ねるにつれ、めまぐるしく進化していくのであろう。

 が、一方では「ネット地獄」も指摘されている。数十年の歴史を持つ都内の育毛、養毛会社兼クリニックが今春、倒産した。この会社について、複数のネット掲示板に「○○会社の製品は値段が高いだけで、ほとんど効果がない」という旨の体験談らしきものがおびただしい数、書き込まれていた。掲示板管理者には、名誉毀損的な内容を削除する義務が課されている。最近ではそれを怠ったがゆえの逮捕事例まであるのだが、その会社に関する中傷誹謗的書き込みのあった掲示板の管理者は、いずれも削除していなかった。

 掲示板への書き込み一つで会社を窮地に追い込むのは、ここまでネットが発達した現在ではそれほどむずかしいことではない。結局、「効きめがない」という風評が掲示板を媒体に全国に広がり、その会社は倒産に追い込まれた。こうした掲示板による名誉毀損行為は対企業に限らず、対個人の場合も多分に起こり得る。知らぬ間にどこかの掲示板に自分の名誉が損なわれることが書き込まれる危険性が、ネット上では絶対にないとはいえない。それはまさに「ネット地獄」と形容し得る。

 「ネット地獄」にはいくつもの種類がある。例えば、米国のある女性が出会い系サイトで知り合った男に、ワイセツな写真を撮られて知らぬ間にネット上で公開されたケース。ドキュメント番組としてテレビで放送された。男は何度もその女性とメールのやり取りをして女性の心をつかむ。やがて、どこかで待ち合わせるところまでこぎつけるわけだが、その段階になるとメールコミュニケーションの効果が表れ、女性は男を信頼してしまっているという、いわばプロの手口だ。人生を台無しにしかねない、自分のような失敗をせぬようにと、その女性はいろいろな機会をとらえて体験談を語っている。

 そうしたケースは特異事例と思っていたら、「アダルトサイトを見てみればわかるが、それと同様の被害は日本でも大量に出ているのではないか」と、ある友人は話す。修正を加えていない素人のワイセツ画像や動画が日本でも氾濫している。ネットの特性上、もはや国境は存在しない。1人の女性のワイセツ画像を、1日に世界中の何万人もの人間が目にすることもあり得よう。何万人どころか何百万人かも知れない。「東京の大学に入っている娘が、もしそうした画像でネット上に出てこようものなら一家心中ものだ」と、友人は冗談とも本気ともつかぬ口調でいった。

 ならば、なぜ「素人」のワイセツ画像がネット上で流通、氾濫するのか。前述の米国人女性のように、プロの手口に乗せられて撮影されるのか。はたまた、恋人だった男が別れた腹いせに、たまたま撮影していたワイセツ写真を業者に譲渡するのか。いずれにせよ、ネット上でワイセツ画像を公開された一般の社会人や高校生たる女性たちには、当然のことながら明日はない。公開されていることを本人が知らずにいても、多くの男性が目にしている現実からすれば、その女性の社会生活はいずれ破綻するであろうし、女子高生なら退学させられ、OLなら十中八九、失業に追い込まれる。公開されていることを第三者などに知らされた家族は、前述の友人の言葉のようにショックで一家心中したいほどいたたまれぬ心境に陥るであろうし、女性がネット公開されていることを知らずに結婚を前提につきあっている男性もまた、女性に別れを告げることになる。

 写真集などの印刷物ならば歳月とともに朽ち、人の目にさらされなくなる可能性はある。しかし、ネット上のデータは際限なく構築され、半永久的に誰かが公開する可能性を秘めている。ましてHP管理者間で暗黙の了解のうちに再配布しあっている現状では、世界中にばらまかれても不思議ではない。

 仮にワイセツ画像を公開された女性が、幸いにも公開事実を自分も結婚相手も知らずに過ごせたとする。しかし、子供が青少年期に達し、たまたまその画像を目にした、あるいは友人などに知らされた、とする。その時、子供は母親をどう思うか。その子供自身が、友人など周囲からどんな目で見られ、いじめなどにあわないのか。素人といわれる女性たちのワイセツ画像のネット公開は、自分と家族を含む周囲を破滅させる、きわめて大きな危険性をはらんでいる。

 また、知らずにそうした画像を公開された女性たちは、事実が事実なだけに個人、集団を問わず訴訟は起こしにくいであろう。そうした意味では、みずからのつらい体験をあらゆる機会をとらえて話し、二度と自分のような犠牲者は出てほしくないと願う前述の米国人女性の勇気は賞讃に値する。

 いわゆる「出会い系」サイトによって男女が知りあう。それが健全なものなら、とがめだてをする理由はない。が、日本国内はもとより多くの国で、「出会い系」に端を発する殺人事件が多発している。つい最近では、日本の有名メディアの副社長が児童買春容疑で逮捕されるという開いた口がふさがらない事件まであった。社会の規範になるべきメディアの首脳までが、こうした「ネット地獄」に足を取られて破滅した。

 一般女性のワイセツ画像のネット公開被害は、いずれ社会問題に発展する日が来る。これまでのように社会問題になってから司法や政府が腰をあげるのではなく、今から容赦なく摘発するという徹底した姿勢で臨まなければ、ネット公開を苦に自殺をする女性やその家族も増えることは予想に難くない。

 こうしたことをコラムで取りあげると、「何をいってるんだ!画像鑑賞の楽しみを奪うつもりか」とトサカを立てるアダルトファンもたくさんいるであろう。が、そのような男性諸氏に問いたい。「もし、あなたの恋人や娘のワイセツ画像がいきなりネット上に表れたら、あなたは平常心を保てるのか」と。ほとんどの男性は反論できぬはずである。いや、「実際にそうなっていないから他人事」と悪びれぬ者も多いと予想できる。

 ワイセツ画像を公開されている女性には「最も肝心な常識があなた自身に欠落していたからこそ招いたネット地獄なのだ!」と一喝したい。そうした意味では、男に無防備だった前述の米国人女性も、決して例外ではないのである。

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