正義の行方 大館市の農地転用事件は、農地転用や権利移動の許認可権を有する秋田県が、同市の土地を違法のままにするという決断を下し、一応の決着をみた。臭い物に蓋をせぬまま放置する形。体裁だけは決着したように見せているが、実は何も決着していない。今回の決定は、秋田県の歴史にきわめて大きな汚点を残したことになる。事情や背景がどうあれ、違法を見逃しておく、いわば正義を踏みにじる決断を県そのものが下したのはまぎれもない事実である。寺田知事が"苦渋の選択"を迫られ、違法のままにせざるを得ぬことに「不快」の胸中を吐露したにせよ、正義とそれ以外のものを天秤にかけて正義を脇に押しやったことの重大さを知事はどう認識しているのか。かつ、大館市の小畑知事は、大問題を発生させた直接の自治体であるにもかかわらず、まるで他人事でもあるかのように「全面的に県に協力する」などと答えている。そこから問題自治体としての反省と誠意を感じ取ることはできない。土地の原状回復をこれからも訴え続けていくという大館市民オンブズマンの会(荒川昭一代表)の憤りと市民の誇りをかけて違法を見逃すまいとする姿、そして地方自治法に基づく調査特別委員会(100条委)の設置を求める一部の市議らの姿勢こそが、まさに正義といえよう。 同事件は平成7年11月、当時の大館市議会議員と市農林課長が共謀し、農地を農地以外にするには原則として知事などの許可を得なければならないにもかかわらず、同市ニ井田地内の農地約9,200平方メートルについて、不正に地目を雑種地に変更して重機リース会社に売却したもの。リース会社は現在も同地で営業活動を続けている。農地法違反の罪に問われた元市議は一審で懲役8月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されたが、無罪を主張し控訴。一審を支持した仙台高裁は控訴を棄却したが、元市議はこれを不服として最高裁に上告。今年4月5日、最高裁第2小法廷(河合伸一裁判長)は上告を棄却し、元市議の懲役8月、執行猶予3年の有罪が確定した。元課長の公判も最高裁までもつれ込んだが、平成11年11月に上告が棄却され、有罪が確定している。 元市議の有罪確定を受け、問題の土地をかつての田んぼの状態に戻す原状回復の有無に対する、県側の判断が注目された。今月5日夜の農転事件報告と原状回復を訴える市民集会を経て、「現状追認は許されない」、つまり違法の放置状態は許されないとする趣旨の意見書を6日、大館市民オンブズマンの会が知事にあてたにもかかわらず、知事は「意見書の内容は筋がとおっている」としながらも、まったく逆の決断を下した。オンブズマンの考え方を「筋がとおっている」と評価したのなら、違法を正すために公費を投じざるを得ぬことに対し、県民の理解と協力が得られるよう最大限の努力をしてこそ、県民が誇れる秋田県知事いえるのではないか。 にもかかわらず、知事が示した土地の原状回復を断念せざるを得ぬことの論拠からは、「現状追認」の妥当性は感じられない。第1に、重機リース会社が使用している問題の土地を元の土地に戻すには、工事費や同社への休業補償などを含め3億円から4億円の費用をみなくてはならない点。その費用を拠出することに県民の理解が得られるのかどうかということがある。「県民の血税を一部の土地の回復などに使うな」と怒る県民もいるかも知れないが、正義を脇に押しのけてもいいという理由にはならない。県が正義を示すというのは銭勘定の問題ではないのである。たとえ億単位の費用負担でも、違法を回避するために知事が率先して取り組む手本を示さなければ、他市町村で万が一、類似事件が発生した場合、県は再び今回と同様の"苦渋"の轍を踏まなくてはならなくなる。 さらに1点、原状回復命令はそもそも違法行為を行った者に対して出されるものである。県の調べでは有罪が確定した元市議と元市農林課長の資産は、2人合わせて数千万円とのことだが、なぜ知事は問題の土地の売却によって数千万円の利益を得て「やり得」をした者たちのフトコロ具合まで心配してやらなくてはならないのか。事件の当事者らに原状回復を命令し、可能な限り費用を出させるのが正義の執行ではないのか。さながら「刑が確定して社会的制裁を受けた人間に、これ以上の足枷は酷」とでもいいたげな見解は、とうてい納得できるものではない。知事の言動から痛感させられるのは、「原状回復にはカネがかかるし、重機リース会社との交渉にも手間がかかる」といわんばかりに、さも面倒くさげな印象を与えていることである。無論、面倒くさいとは考えていないであろうし、誠意で事にあたっていると信じたい。しかし、言動にはそう信じさせてくれない部分がにじみ出ている。大王製紙を相手取って正義を示そうとする秋田県なのに、こと農地転用問題に対してはまったくそれを感じさせず、苦りきった顔だけをしながら違法を違法として放置する姿勢。「寺田さん、やっぱりおかしくないですか? 仕方がないという言葉は吐いてほしくはないのですよ。あなたは知事なのだから」といいたい。 事件の発端は、問題の土地の農振地域除外申請を県が不許可にしたにもかかわらず、大館市が独断で地目変更したことにある。平成9年4月、大館市民オンブズマンの会はこの点を糾弾しようと、住民監査請求を起こした。請求内容は、問題の土地への工事用土砂搬入費975万円を賠償するよう市長に求めたものだが、あっさりと棄却された。そもそも、この土地に関する経緯を調べもせずに、公共工事で生じた土砂の捨て場として市が借り上げたということ自体、前代未聞の不祥事なのである。市の一連の対応があまりにもずさんであるがために、農地転用事件を誘発したともいえる。そうした意味では大館市の責任はきわめて重大で、市の最高責任者たる市長が減給処分の形でみずからを罰したところで、まったく生ぬるい"裁き"である。と同時に、今定例会の一般質問で一部議員が指摘、追及しているように「市長が事件に関与したのは歴然」とする見方もある。これが国政なら「道義的責任をとって辞任を」と詰め寄られるところだ。大館市の大失態はそれに匹敵するほど責任が重く、市長が辞任しても当然の事件であることを市長自身があらためて肝に命じるべきだ。 かつ、市長が今月5日の行政報告で示した問題の土地の取り扱いについての、市としての認識。これは論理の履き違いも甚だしい。土地を違法のままにしておくという論拠として、第1点、優良農地を確保しつつ農業者の雇用や安定収入の確保などのため、一定規模の農地の他用途への転換を進めていく必要があると考えていること。何をいっているのか。農地の多用途への転換を進めるというのは"健全な農地"に対するこれからの方向性であって、違法の土地を違法のままにしてよいという理屈にはなり得ない。詭弁以外の何ものでもない。 第2点、問題の土地に隣接する農地には縦横に農道や用排水路が整備されているため、周辺農地の農作業にはほとんど支障がない。これも詭弁にすぎず、問題点を他に逸らそうとしている。違法のままにしても周辺農地の農作業にはほとんど支障がないといいたいわけだが、それは違法の土地が正義を踏みにじったまま残されているということの正当性たり得ず、弁解にすらなっていない。 第3点、仮に回復をしない場合に法の遵守を指導する立場にある市の行政運営上、まったく影響を及ぼさないとはいえないため、今後は関係機関と連携を図り、法の遵守を強力に指導していく。これに至っては、何をやいわんやである。農地転用事件は、法に対して市が無関知だったがゆえに発生した事件ではないのか。法の遵守を強力に指導していく、とはいかなる犠牲を払っても正義を遂行するということである。「県が原状回復を断念したので」などといいながら、違法状態をよしとする市側に「法の遵守」をうんぬんする資格はない。実態認識が甘すぎるがゆえに、農地転用事件などという忌々しい事件を誘発させてしまうのだ。これはまさに、全市民が、大館市長と職員らに対して今一度猛省を促すべき事件なのである。 蛇足だが、一昨日、市職員課にある取材を申し入れた。ネタ的にはさして価値あるものではない。「A4判1枚ですので、資料をFAXします」と担当職員はいった。30分ほどして電話があり、「記者クラブに加盟していないと出せないことになりました」と、職員は受話器の向こうでいった。20年以上の記者生活を通じ、記者クラブへの加盟の有無を理由に情報提供を拒否されたのは初めてだった。それは課長の判断なのかと問うと、そうだという。明らかにメディア差別であることを指摘してみせると、当の職員、ややうろたえて「あ、間違いました。記者クラブに入っているかどうかは関係ありません。おいでになれば、お渡しします」と返した。さすがに、開いた口が塞がらなかった。ならばどこから出てきた「記者クラブ」なのか。大抵の職員は気持ちよく取材に応じ、受け答えも丁寧なのだが、10人に1人ぐらい、要領を得ず不快感だけを与える職員がいる。そうした低レベルな職員に限って、訪れた一般市民に横柄に応対したりする。職員たるもの、誠意と一定の緊張感を忘れてはならない。それを忘れたところに、農地転用事件のような大失態が生ずるのである。 |