デスクの独り言
                          
第35回・2002年5月22日

噂の影響

 福祉施設で管理職をしている元新聞記者の友人が昨日、やや鬼気迫る様子で電話をしてきた。「○○銀行が危ないという噂が飛び交っている。何か情報はあるか」と。6年間の記者生活を経て福祉施設に転職したのだが、報道から足を洗って10年以上経った今も、記者の垢を拭いきれずにいる。「そんな情報をどうするのか」と訊き返すと、「本当に危ないなら施設としても預金を全額解約しなければならない」と彼は答えた。

 最も恐いのは噂である。これはあらゆる業種にあてはまるが、とりわけ金融機関にとって"負の噂"は致命的だ。事実、○○銀行は不良債権を支えきれなくなってきているため、長年つきあってきた事業所から、片っ端から引き上げをはかっている。融資を断つどころか、長期返済の約束を取り交わしていた事業所に対しては短期返済の通告も辞さない。その銀行への依存度が高い事業所は、跡形もなく吹き飛びかねない。

 頼みの綱が銀行側の一方的な思惑でぶっつりと断ち切られる。実際、「○○銀行に引き上げられて困っている」と話す経営者は多い。「10日以内に○○銀行に1億入れないと倒産する」と血相をかく社長もいた。ある銀行が全面的に引き上げた影響を受け、秋田県内屈指のゼネコンが経営破たん。その影響で連鎖倒産が相次ぎ、ついには自殺者まで出たと聞く。銀行が引き上げるとは、つまりはそういうことなのである。

 金融機関側がそこまで引き締めを急がなければならない理由は明白だ。長引くデフレ不況、そして金融庁の特別検査の影響を受けて不良債権が拡大し、みずからの経営破たんの危機が、そこまで迫っているからにほかならない。これは地方銀行のみならず大手13行も例外ではない。切羽詰っている○○銀行は●●銀行に合併を申し入れたが、経営状態の悪化がネックになり断られたという。

 ある預金者は「以前は銀行の中にたくさんの行員がいたのに、今は数えるほどしかいない」と話す。何のことはない。事業所からの引き上げ加速や銀行合併申し入れ拒否など、本来行内の守秘であるべきことが何らかの形で流出して噂に発展し、「あの銀行は危ない」ということになる。そして噂は尾ひれがついて加速し、預金者の解約続出につながり、銀行側は何としても失ったカネをかき集めなくてはならないため、内勤者も外勤に奔走させるという構図。だが、ここまで来ると噂に歯止めがかからず預金解約はますます増え、経営破たんのニュースが預金者の寝耳に水で、突然全国に流されることになる。企業への貸出金利を引き上げて財務の健全化をはかろうとしても、場合によっては噂の"速度"にかなわぬかも知れないし、貸出金利の引き上げそのもの自体、事業所、零細企業の首をさらに絞める。いわば銀行自身が土坪にはまった状態だ。

 金融機関は、預金者の不安増幅を回避する狙いもあって黒字決算をアピールしたりもする。しかし、これで「あそこの銀行は安心だ」と思っていては馬鹿をみる。なぜなら、預金が伸び悩んでいても、各種引当金の取り崩しや不良債権対策、つまり焦げついている事業主から半ば強制的に取り立てることによって、財務諸表上、当期純利益を計上することは不可能ではないからである。帳簿上黒字をあげたからといって、あすにも経営破たんしないという保証はどこにもない。また、逆も然りで、予防的引当金の積み増しなどで赤字決算にすることも可能だし、連結決算での赤字計上もむずかしくはない。とはいえ、銀行の業績はどこも著しく悪化しているため、どうあがいても三月期決算の赤字続出は全国的に避けようがなく、銀行側が対面上、社会に"黒字をアピール"するだけの余力は残っていない。

 いずれにせよ、「危ない」との噂がさらに広まれば、預金解約は怒涛のごとく加速し、金融機関は一気に傾く。ペイオフ制度もはたらき、最終的に大打撃をこうむるのは一般家庭や零細企業である。○○銀行も噂の払拭に奔走しているのであろうが、一方で事業所、店舗との長年の"つきあい"を非情にもばっさりと斬り捨てている。「あなたに銀行の何がわかるのか」と銀行側に開き直られてしまえばそれまでだが、消費者や事業所が金融機関をますます信用しなくなっているのは避けようがない事実で、事業所から銀行が容赦なく引き上げている事実もまた一般預金者の耳に届いているため、いざ銀行が経営破たんした段には預金者は一気に引き潮のごとく去り、場合によって鬼にもなるというしっぺ返しを銀行側は食わされることになる。

 銀行の接客マナーの悪さを最近よく耳にする。ある預金者は「近くの商店の親父さんなど、毎日銀行を訪れている客に対して、行員らはいらっしゃいませ、と声をそろえる。しかし、めったに行かない預金者に対しては、シーンとして誰もあいさつをしないことがよくある。同じ客でありながら、常連客には態度がいいし、そうでない客には素っ気ないという印象があり、とても不快」と話していた。客の顔を見て、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」といっていることになり、「どういう接客教育をしているのか」と批判されても仕方がない。

 これは少なからずの預金者が感じていることで、不快感をつのらせていたある預金者は、○○銀行に5年間寝かせていた500万円の定期預金を解約したという。窓口業務の女子行員が「何に使うんですか」と訊ねたため、客は「なぜあなたにそんなことを答えなきゃならないんだ」とつっぱねた。女子行員がムッとすると、客は「あなた方の接客マナーが悪くて」と喉まで出かけたが抑え、待合席に戻って500万円の札束を確認していると、奥から管理職らしき男子行員が現れ、土下座をせんばかりに膝まづきながら、「解約を考え直してもらえませんか」とテレビドラマの1シーンよろしく懇願したという。客は「銀行にはカネがうなってるんだから、500万円のはした金を解約したところで屁でもないでしょ」と嫌味を飛ばし、「接客マナーを再教育できたらまた入れますよ」と、ぼそりと吐き捨てて帰ったという。

 金融機関にはあらゆる層の客が訪れ、多種多様な印象や思いをいだいている。日々不快を感じている客は「危ない」という噂を聞いただけで過敏に反応し、全額解約してしまう可能性もある。その銀行を大切にしようなどという気は、さらさらない。だからこそ、行員には「私らはエリート」などという、とんだ勘違いをしないでもらいたいのである。常日頃から、どんな客にも誠意をもって接することを忘れてはならない。

 柳沢金融担当大臣は「残るべき金融機関だけが残る」と、あるインタビューの中で小泉氏の構造改革に沿った考え方を示していた。これは、従来「なあ、なあ」で済ませてきたものも政府として厳しい態度で臨み、事実上、"弱い金融機関は破たんもやむなし"とする理屈だ。磐石に見える金融機関も一皮剥けば、経営体質は脆弱である。○○銀行も当面は公的資金の投入で息をつくであろうが、これから数年後、もちこたえているのか、跡形もなくなっているのか、動向を注視したい。

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