デスクの独り言
                           
第28回・14年2月11日

大器、高橋大斗

9日に開幕した2002ソルトレーク五輪の複合ノルディック。秋田県北部の小さな町で生まれた1人の青年が、世界の強豪を相手に日本の代表として最初の戦いに臨んだ。高橋大斗、21歳。彼の生まれ故郷、北秋田郡阿仁町の人口は県内69市町村中4番目に少ない4,342人(県統計による1月1日現在)。老年人口比率は県内最高の39.2%と10人中約4人が65歳以上という超高齢地帯。そして人口減少率1.8%は県内4番目の高さ。若者が都会へ出て行き、お年寄りだけが残される典型的な過疎、少子高齢化の町である。一方では、マタギの里として知られ、古くから猟師がツキノワグマを獲って暮らしてきた。時代の流れとともに、マタギだけで生計を立てている者は今でこそ存在しないはずだが、近隣市町村の住民も阿仁町から真っ先に連想するのはクマではなかろうか。そうした小さな山里の"ムラ"で大器、高橋大斗は生まれ育った。

私事ではあるが、地方紙に所属していた時代、4年ほど鷹巣・阿仁地域に駐在した。高橋が小学校高学年から中学校に入ったばかりのころの赴任だったと記憶する。取材で阿仁町内のすべての小、中学校を訪れたが、ブラウン管に映し出される彼の風貌から「あの時の少年か!」と思い出させてくれるものは惜しいことに何もない。県内屈指の豪雪地帯である阿仁町は古くからクロカンが盛んで、これまでにも国内屈指の選手が少なからず育ってきた。小、中学校の大会も町内はもとより鷹巣阿仁広域で行われ、高橋ほどの選手ともなると小学生時代から頭角を表していたと思うのだが、やはり彼についての記憶が何ひとつないというのは今になると歯がゆい。

日本複合ノルディック界のホープにまで成長した高橋大斗は、阿仁町民の希望の星である。テレビメディアも初めのうちは、荻原健司が主役とばかりの報道姿勢だったが、昨年から今年にかけて14戦を繰り広げたW杯(世界選手権)で荻原をしのぐ活躍をみせると、さすがに"主役を変更"せざるを得なくなった。とても静かなあの町で生まれた若者が、世界の強豪を相手に堂々の渡りあうのだから、掛け値なしにすごい。五輪の個人複合では惜しくも12位だったが、この後の団体では日本勢を力強く牽引してくれるであろうし、22、23日のスプリントでも個人戦の雪辱を果たすべくがんばってくれるのではないか。

ところで、10日の個人前半飛躍で6位と好調な滑り出しをした直後、全日本スキー連盟関係者のインタビューに対して高橋は興味深い言を返している。インタビュアーが「昨夜は眠れた?」と訊ねると、高橋は「昨日の夜は、昼に寝すぎたので、夜は眠れないかなと思ったのですが、気がついたら朝になっていました。スポーツにおいて僕は全般的に緊張しないのですが、発表の場とかに立たされるとものすごく緊張してしまうんです。たて笛のテストとかになると『カタカタカタカタ』って(笑)。そういうときくらい緊張していました(笑)。中学校の時とか、あれは緊張しますね。みんなの前で1人、立たされて。あと、全校生徒の前で何かを言わなくちゃいけないときとか。僕の場合、何かを考えていってもどうせ、スカッと忘れちゃうんで、何も考えないで、その場で思いついたことをいうようにしてるんですけどね(笑)」

感心させられたのは、根底に古里の思い出が深く刻み込まれていることを、彼の言葉が十分に感じさせてくれることである。母校、鷹巣農林高校のかつての級友たち約30人が集まり、ブラウン管の向こうで日本の代表としてジャンプをする高橋を見守り、夜通し応援した。それは古里の友人たちを大切にしてきた彼の人柄を思わせる。でなければ、いくら級友とはいえ、そこまではしない。

五輪の日本勢メンバーには、同じ阿仁町出身の小林範仁(花輪高出・日大1年=19=)もいる。小林はW杯から今ひとつ波に乗れずにいるが、兄貴分の高橋に負けまいと今後底力を発揮してくれるであろう。しつこいようだが、都市からではなく、あの小さく静かな阿仁町から五輪という大舞台に高橋、そして小林の2人が日本代表として参戦していることはとてつもないロマンであり、ドラマなのである。今回メダルに手が届かずとも、最も高い表彰台に立つ日はきっと来る、と信じて見守りたい。