デスクの独り言
                           
第22回・13年10月1日

高邁な理想

おかげさまで、あきた北新聞は間もなく創刊200号を迎える。3月17日からの試験創刊を経て4月1日から正式創刊。全国紙、ブロック紙、県紙、ローカル紙といわれる新聞社は、電子新聞を創刊しても「紙」の新聞を礎とする確固たる地位と社会的認知度の高さがある。そうした新聞は当然のことながら今でも「紙」が中心であるから、電子新聞が金食い虫部門であったにせよ「将来的な投資と新聞社としてのステータス」に位置づけられる。しかし、「紙」の実績がなくインターネットのみで新聞を創刊するという試みは、電子商取引など従来の弊社の事業が屋台骨として存在しなければ、やはりむずかしい。世の中はまだ当分、新聞といえば「紙」、広告もやはり「紙」の認識が続くものと思われる。

とはいえ、行政を中心とする好意的な取材協力は当メディアとしても大変ありがたく、頭が下がる。中でも秋田県庁。これまで取材した各課の中で不快な思いをさせられたことはほとんどなく、真摯な姿勢に対してこちらも、県政発展のために微力ながら協力したいという気持ちになる。大館市、鹿角市、小坂町をはじめ秋田北地方の各自治体も気持ちよく取材に応じてくれる。是々非々を取材方針に掲げている当新聞としては、手厳しい記事を掲載せねばならぬこともあるのだが、不快感などおくびにも出さず、いずれも好意的に情報を提供してくれる。ありがたいことである。

秋田北地方のある高校長。「あきた、きた、しんぶん? なにやそれ、どごにあるのや」と、いぶかしげに訊ねたのが創刊当時。地元で長い歴史を誇る新聞とはあまりにも大きく水をあけられているので、校長が咀嚼してくれるまで電子新聞なるものを懇々と説明した記憶がある。「そうか、インターネットか、大変だな、それは」といい、ようやく本題の取材に入った。結果的には、21世紀は電子新聞も大いに市民生活の中に溶け込んでいくことだけは理解してもらえた。創刊以来の数カ月間、その繰り返しだったように思える。

超高速接続回線が全国の世帯に普及するのは、それほど遠い先ではない。いろいろな意味でインターネットが進歩すれば、これまで新聞社に所属していた記者が独立してみずから電子新聞を創刊し、独自の視点で記事やさまざまな情報を発信していくことは十分に予想される。それも日本だけではなく世界中で。日本の電子新聞の草分けである秋田県南日々新聞社(伊藤正雄氏主宰)や当あきた北新聞社のような小規模ながら新聞界に新たな息吹を吹き込もうと意欲を燃やす電子メディアは、今現在でも世界に少しずつ現れてきている。そうした世界の「仲間」が手を取りあいながら相互発展し、地域社会、ひいては国際社会にいささかなりとも貢献できるよう、その道すじをつけられたらというのが、あきた北新聞社の「高邁な理想」である。「絵に描いた餅」で終わるかも知れないし、近づけるかも知れない。「絵に描いた餅」に終わらせたくないからこそ、あえて困難を覚悟で挑戦している。

数日前、ある企業の社長からメールが届いた。「情報発信サイトは更新地獄だし、カネにならないし大変ですね」という趣旨の文面。更新地獄。時間的、コスト的、労力的疲弊は、はかり知れない。が、あきた北新聞は、読者の皆さん、そして側面から応援してくれる皆さんのために存在する新聞である。「今はきついけど、いつかきっといい日が見えてくる。それまで協力しあってがんばりましょう」といった秋田県南日々新聞の伊藤主宰。がんばれば、未来は見えてくる。さじを投げてしまえば苦労は水泡に帰す。われわれの先には必ず明光がある。そう信じながら、1歩1歩、歩むしかないのである。