デスクの独り言
                           
第16回・13年8月12日

靖国神社

きわめてむずかしい問題に対する答を出すのに、小泉氏には残された時間がなくなってきた。靖国神社参拝。8月15日を回避して参拝する方向に傾いてきているが、小泉氏は12日現在、最終判断を留保している。「小泉首相の靖国神社参拝を実現させる超党派国会議員有志の会」と参拝阻止を目指す野党有志ら、そしてそれぞれの立場を明確にする全国の団体が活発に動いている。あちらを立てればこちらが立たずで、いずれを選択しても一方の強い反発を招くのは必至だ。場合によっては日本国元首としての資質を問われかねない。

ここまでこじれるとは、そして日本国民の考え方がここまで分断されるとは、小泉氏自身予期していなかったのではないか。もはや心中は参拝に対する精神論ではなく、どうしたら事態を丸く収められるかで、「虚心坦懐、熟慮している」と推察される。参院選やジェノバ・サミット、14年度予算概算要求基準決定などを終え、昨日から16日間の夏休みに入った小泉氏だが、厄介な問題に対する態度表明を棚上げにして休んでなどいられないはずである。

「靖国神社」は今に始まったことではなく、8月15日の「終戦の日」とは切っても切り離せない、過去から未来へと続く問題だ。日本国内だけの問題ならここまで事が複雑化することはないし、野党もこれほど攻め立てはしなかったと思える。問題は日本の「侵略戦争」の有無である。侵略戦争をしたという立場を取れば、靖国神社はその象徴であったと解されてしまう。そうなると当然、中国や韓国にとって靖国神社参拝は「絶対に容認できない」ことになる。逆に、祖国のために命を散らせた英霊を敬い、2度と戦争をしないと誓う場であるとの考え方をすれば、靖国神社参拝は日本国民にとって、かつ日本国民を代表する首相にとって当然の義務となる。この問題は二者択一論しか存在しないように思える。

"逃げ道"として2つの考え方が示されている。1つは8月15日を避けて、その前後いずれかの日に参拝するというもの。もう1つは、靖国神社以外に英霊をまつる「戦没者国立墓苑」を設立するという考え方。いずれも根本的な解決には縁遠いことは、常識人であれば誰でもわかる。1点だけ指摘できるとすれば、祖国に命を捧げた多くの英霊は、彼らの意志だけで戦地に赴いたわけではなく、そこには大本営の絶対命令があり、政治家たちの決断があった。尊いの犠牲は命令の上に成り立つ一方で、彼らは愛する者たちを守るために散華した。そうした人々が眠る靖国神社に「侵略戦争の象徴だ!」と罵声を浴びせていいはずはない。今ある日本の反映はそうした幾多の犠牲があったからこそ、であることを忘れてはならない。これは、思想以前の問題で人間として当然の倫理観ではないか。

一方で、中国、韓国の人たちが戦争で日本軍に何をされたかということも、眼をつぶるわけにはいかない。おびただしい被害者数にのぼった「南京大虐殺」があった中国・南京市民の76%が、小泉氏の靖国神社参拝に反対している、との意識調査結果が出た。南京大虐殺の責任者として処刑された「A級戦犯」も合祀されている神社を日本国首相みずから参拝するのは「A級戦犯を崇拝することになる」との考えなどに基づいている。また、韓国でも歴史教科書問題を含めた反日感情が表面化している。

小泉氏が今回、靖国神社に参拝すれば両国は失望するどころか激怒し、21世紀の中国外交、韓国外交に大きな影を落とすことは避けられない。何より、両国民の反日感情は一層高まるだろう。韓国もそうだが、北京五輪を現実のものとし、かつ世界経済をも席巻しようとしている中国との関係をこじらせることは避けなくてはならない。ゆえに、この問題は考えても考えても考えたりないほど、むずかしい。小泉氏の頭の中は今、シーソーのごとく、大きな音を立てて左右に傾き続けているのではないか。

この問題についてどう思うか、と国民にマイクを向ける光景がたびたびブラウン管に映し出される。戦争を体験した年代はもとより壮年以上の国民は、おおむね明確な答を持っている。肝心なのは21世紀を背負って立たなくてはならない若者だ。どれほどの若者が「靖国神社」に関心をいだいているのか。「靖国? 何それ」などと返された日には、こっちも「おいおい、それでどうすんだよ、お前」と頭を掻きたくなってしまう。「日本人の私としてはですね……、と思うのですよ」と、うならせる答は少なくともテレビのインタビューでは、あまり眼にすることはできない。「たのものしいな、今の若者は」と、感心させるぐらいの明確な持論を吐いてほしいものである。

いずれにせよ、小泉氏には時間がない。選択肢は限られている。中国、韓国に根回しもせず初志貫徹するとは考えにくい。批判を緩和する苦肉の策として、やはり15日を避けて参拝する、山崎幹事長のいう「1番、点数の高いやり方」で逃げを打つのか。「与党3幹事長と協議して結論を出した」にせよ、国内外は小泉氏の決断と受けとめる。日本、中国、韓国、いや、世界が彼の一挙手一投足に注目している。