第121回・2018年10月30日 ストレス秋田犬 今コラムは、6月28日に掲載した「アイドル秋田犬」の続編である。ゆえに、今テーマに興味をお持ちの皆さんは先に前段コラムをお読みになった上でご覧いただきたい。 2018年10月29日、「秋田犬ネットワーク会議」なる団体が秋田県に発足した。大館市の展示施設で観光客や市民などに見せている2頭のうち、赤虎秋田犬がストレスで9月以降休養していることに端を発し、展示施設の秋田犬にストレスをかけないようにする方策を考えようと、12市町村を含む21団体で構成し、29日に第1回会議を秋田市内のホテルで開いた。 先のコラム「アイドル秋田犬」では県、大館市をはじめとする自治体や観光など秋田犬にかかわる関係者が、秋田犬についていかに不勉強であるかを指摘した。ケージに閉じ込めただけの展示環境では、やがて秋田犬がストレスでリタイアすることは目に見えていたはずで、展示秋田犬が蝕まれていく予兆に日々秋田犬と接している現場担当者らが気づけないことが、何より不勉強を露呈している。 数多くの観光客に披露してなお秋田犬にストレスをかけない方法は、秋田犬の本質をしっかりと把握できていれば、難易度の高いことではない。「秋田犬ネットワーク会議」などという仰々しい団体を発足させる必要などないし、発足したところで秋田犬について何も勉強していない行政、観光、施設関係者らが何十人雁首をつき合わせようと、肝心要の秋田犬の本質を知る熟練者がいないのでは"妙案"を導き出せようはずもない。第1回会議には県関係者をはじめ24人が出席したというが、その中に「秋田犬のことなら何でも聞いて」と胸を張れる者が1人でもいたのか。答は否であろう。 秋田犬の展示施設はある程度小ぎれいで、臭いなどの点でも観光客に不快感を与えないようにはしている。ただそれは、「秋田犬ネットワーク会議」なる団体が声高にぶち上げている「秋田犬ファースト」からはほど遠い。強いて言えば、秋田犬の"気持ち"など無視した「観光客ファースト」にすぎない。展示されている秋田犬たちが人間の言葉を話せたら、一様にこう嘆くであろう。「もう気が狂いそうだよ。ここから解き放して」と。 秋田県内に13カ所あるとされる秋田犬の展示施設の現場担当者らは「ベテラン犬舎と同じように、きちんと大きなケージに入れているから、問題ないよ」と異口同音に言うかも知れない。もし彼らがそう考えているとすれば、根底から認識を誤っている。 そもそも、数十年にわたって数多くの秋田犬と暮らしてきた熟練者たちは、犬舎内で過ごす秋田犬を観光客はおろか、誰にも見せたりはしない。あえて見せるとすれば、互いに気心の知れたほんのわずかな秋田犬仲間に対してである。多くの人の目にさらされるのは支部展、総支部展、本部展からなる秋田犬展覧会、そして行政などに依頼されたイベント参加の時だけである。そこが、"見せ物"たる展示秋田犬と根本的に異なる。 展示施設で観光客などに見せるなら、秋田犬熟練者とまったく異なる生活環境を用意しなくてはならない。にもかかわらず、大館市をはじめどの施設もそれをしていないし、そもそも秋田犬の本質を何も知らないため「これでは秋田犬にとって良くない」などと誰も思いをめぐらすこともない。そして今回の、不勉強な者たちで構成する「秋田犬ネットワーク会議」発足である。苦笑を禁じ得ない。 凡人でも3人集まって考えれば、すばらしい知恵が出ることを意味する「三人寄れば文殊の知恵」という諺がある。だが、「秋田犬ネットワーク会議」にその言葉は当てはまらない。ああでもない、こうでもない、と考えたところで、所詮、秋田犬の精通者が含まれていない。そこに致命的な欠陥がある。 例えば、大館市では展示犬を見に来た観光客などにカメラのフラッシュをたかないよう求めている。根本的な問題はそんな上っ面なことではないにもかかわらず、それで秋田犬のストレスが軽減されると本気で思っている。「秋田犬ネットワーク会議」の"知恵者"たちも所詮、その程度のことしか思い浮かばないだろう。 公共放送の秋田放送局が最近、大館市の秋田犬がストレスでリタイアしたことを取り上げた。その際、数年前から秋田犬と暮らしているドッグトレーナーに見解を求めた。それもまた、メディアの秋田犬への無知に起因する安直な報道姿勢であろう。そもそも、意見を求めるべきは県内に数少ない半世紀以上の秋田犬熟練者に対してであり、ドッグトレーナーなら秋田犬について何でも知っていると考えること自体、的外れこの上ない。 案の定、そのドッグトレーナーは秋田犬についてではなく、種々雑多な犬に当てはまる通り一遍な答え方しかできなかった。わずか1頭の秋田犬と生活をともにし始めただけで「私は県内一の秋田犬専門家」とばかりに、講義活動もしているというから驚く。秋田犬界の山の麓にようやく立ちかけたばかりの者が、である。それが県内の秋田犬を取り巻く現状で、高齢化が進んでいる秋田犬熟練者たちはすでに蚊帳の外に置かれている。その延長線上で、「秋田犬ネットワーク会議」は発足した。 ここまで読み進むと、筆者に対してこのように批判する秋田県民もいよう。「おめぇ、おべだふりしてるばって、おめごそ、秋田犬の何、おべだのや」と。「お前、知ったかぶりをしているが、お前こそ、秋田犬の何を知っているというんだ」。共通語に"翻訳"すれば、おおむねこのような意味になる。 かつて大館には、秋田犬界をけん引したビッグ2、つまり2人の先人がいた。そのうちの1人、「日本で最も厳しい審査員」と恐れられた秋田犬界の"巨星"とも表現し得る方に10年間、筆者はほぼ日参して秋田犬のありとあらゆることを学んだ。酒を酌み交わしながら、夜が更けるまで秋田犬について語り合あったことも数知れない。また、2人で幾多の秋田犬を見に出かけ、貪欲に学ばせてもらった。彼の最初で最後の弟子であると自負しているし、晩年近くになってからは「秋田犬について知らないことがあったら〇〇さんに聞け」と他人にそう紹介してくれたのが、今でも筆者の宝といえる。 「ストレスが溜まるある一定の状況下で秋田犬が暮らし続ければ、秋田犬はどう変わっていくのか」というテーマで、師と論じあったこともある。まさに、一定の環境下で多くの観光客の目にさらされ続けている秋田犬がどう変貌するか、今直面している問題そのものである。師は言った。「ストレスに敏感な犬から先に、だめになっていく」と。それが、リタイアした大館市の赤虎だ。 観光客に見せ続けていても秋田犬にストレスをかけない方法は、すぐ眼の前にある。少しの準備でスタートできる。それが、どんな方法かをこの場で明らかにするのも容易だ。しかし、種明かしはしない。「秋田犬ネットワーク会議」は、七転八倒しながら"正解"を導き出さなくてはいけない。そうしないと、行政や観光、施設関係者など秋田犬にかかわる者たちはこれから先も不勉強でい続ける。ゆえに、ここで回答を明かすことは彼らのためにならない。 あえてヒントを示すなら、「〇〇へ行って、〇〇を見て来い。そこに決定的な回答がある」。そのヒントすら、不勉強な者たちには何のことやら皆目見当もつくまい。前コラムと同様の内容で締めくくる。「秋田犬を一から勉強しろ」と。ストレス秋田犬を、出さぬためにも。 |