デスクの独り言

第114回・2016年6月16日

秋田犬と観光振興

 県議会は、秋田犬を活用して国内外から誘客を促進するための予算案2億円余を、17日の6月定例会最終本会議で採決する。また、秋田犬発祥地の大館市は北秋田、小坂、上小阿仁の3市町村と連携し、秋田犬を起爆剤に広域連携による観光振興を図る方針だ。

 県や大館市は「観光」にのみとらわれ、秋田犬が県内で今どのような現状にあるのか、本質的な部分を何も理解していないように思える。ゆえに、秋田犬と観光を絡めた取り組みは将来的に袋小路に追い込まれることも予想に難くない。実際のところ、前述の「本質的な部分」は日々、秋田犬飼育者らと接していないと見えてこない。接していないがために、「秋田犬で観光客を呼び込める」と安直に考え、県もこれほどの大型予算を貼り付けたのだろう。

 日ごろから秋田犬飼育者らと接している立場から、論じさせていただく。最も問題なのは、発祥地の大館市はもとより県内では展覧会の開催日でもない限り、秋田犬の姿をほとんど見ることができないという点である。

 県内は、高齢化が全国屈指の早さで進んでいる。それ以上の早さで秋田犬飼育者らの高齢化が進んでいるのが実情で、大館市内などは飼育者が著しく少ないのに加え、大方、80歳前後の高齢だ。後継者も皆無に近いほど育っておらず、こうした高齢飼育者らが1人、また1人と歯が抜けたように引退し、数年後には「誰もいない」に近い状態となる。秋田市や能代市周辺などに壮年世代が各数人いるものの、大館市ほど顕著ではないにせよ、高齢化の波は否応なく全県に押し寄せている。

 そして、由々しき事態が数年前から発生している。高齢化に伴う引退とはまったく別次元の問題として浮上しているのが、中国への加速度的流出である。これは全国的な問題だが、県内でも中国への流出をもくろむブローカーが"暗躍"し、犬質の良し悪しに関係なく片っ端から引き抜いている。これに伴い、赤毛を中心に県内はもとより全国的に秋田犬が激減している。

 「秋田犬を活用して観光客を呼び込もう」と声高に叫ぶ県や大館市が、きわめて深刻なこの事態を認識しているとは到底思えない。秋田犬で観光振興を図りたいなら、少なくとも県内のそこかしこに秋田犬が暮らしている環境を整備しなくてはならない。肝心要の秋田犬の姿がどこにもないのに、何が4市町村(大館市、北秋田市、小坂町、上小阿仁村)による「秋田犬ツーリズム」か。

 例えば、大館能代空港で観光客に秋田犬と触れあってもらおうとしたところで、それはある特定の飼育者が貸し出した2、3匹の秋田犬にすぎない。「大館が秋田犬の発祥地って聞いたけど、どこにいるの?」と、当コラムの筆者も県外客から聞かれた経験が複数回ある。

 大館市内では秋田犬会館併設の犬舎に冬期間を除いて2匹ほど"展示"しているが、観光客が秋田犬を運良く見れるとすれば、そうした特定の施設ぐらいのものである。ふだん暮らす市民でさえ、秋田犬を目にする機会はほとんどない。観光客に「やっぱり本場だね。秋田犬を散歩させている人が方々にいる」と言わしめる環境が整ってこそ、ようやく観光活用を論じれるのではないか。

 今補正予算で県は、大館能代空港リムジンバスや秋田内陸線などへの秋田犬デザインラッピング、同空港ターミナルビル内案内表示の多言語化、秋田犬世界写真コンテストの開催、首都圏のJR主要駅などでの集中プロモーションの展開、ハチ公ゆかりの渋谷区でのPRイベントの開催などで構成する「秋田犬の里魅力アップ促進事業」に1億9,952万9,000円を計上したほか、秋田犬の歴史や文化をはじめとする情報を国内外に発信するとともに、秋田犬とふれあう機会の提供などを通じ、「動物にやさしい秋田」をPRする「動物にやさしい秋田」発信事業に946万円、の計2億898万9,000円を措置した。

 秋田犬がほとんどいない、そして飼育者らの高齢化が著しく進む危機的状況の中で、大規模な県民の血税を投じるに値する"勝算"が県には本当にあるのだろうか。いかにもどんぶり勘定的な秋田の風土らしく、「なんとか、なるべぇ」と考えているぐらいにしかみえない。

 とりわけ、外国人は日本人以上に厳しい目で評価する。大館近辺を秋田犬目当てに訪れた外国人観光客が「秋田犬ツーリズムという触れ込みだけど、秋田犬を2、3匹しか見ることができなかったよ」と、ツイッターやブログなどに多数書き込まれたら、観光振興どころか逆効果以外の何ものでもない。

 県や大館市などが秋田犬をどうしても観光と結びつけたいなら、真っ先にやるべきことがある。県民、市民の中から飼育者を増やしていくことだ。例えば、新たに飼育する人には餌代として年間数万円を助成するなど、ハード面での支援があれば少しでも飼育者が増える可能性はある。これは、秋田犬保存会どうこうの問題ではなく、あくまで飼育者を増やしていくための行政がなすべき施策ではないか。

 そもそも後継者がまったく育っていない責任の一端は、秋田犬保存会にもある。同組織が長期的視野に立って会員らを指導、育成していれば次世代へのバトンタッチもあるいは現実のものになったかも知れない。が、ここまで高齢化してしまっては、いかなる音頭取りをしても無理な相談だ。秋田犬を取り巻く環境から、希望の持てる未来を見いだすのはむずかしい。だからこそ、県や関係市町村には舵(かじ)の取り方を誤らないでもらいたい。秋田犬は本来、誘客の道具ではないのだから。