デスクの独り言

第113回・2016年5月6日

最も危険な実力者

 世界を恐怖の坩堝に陥れかねぬ男が、米大統領の座に上りつめようとしている。いかにも破天荒な米国らしいが、これに対して米国民の、そして世界のいかほどが危機感をいだいているのであろうか。

 米大統領選の共和党候補指名争いで並みいる対立候補をなぎ倒し、同党の指名を確実にしたドナルド・ジョン・トランプ(69)。数々の過激発言で世界中から「米大統領にふさわしくない」との批判が噴出している男だが、今月3日には中西部インディアナ州の予備選でも勝利をおさめ、ついに共和党の指名を確実なものにした。

 米国の予備選は各州の有権者が、自分が選びたい候補者を支持している代議員に投票する。トランプが票を獲得した累計代議員数は、指名に必要な過半数(1,237人)の85%を占める1,047人にのぼった。共和党内でも彼に対する評価は分かれるところだが、少なくともこれまでの結果からすれば支持派が圧倒的に優勢であることを意味する。

 トランプは「強い米国」を取り戻すと訴えている。彼の奥底にある「強い米国」とは、自国の経済力以上に軍事力の向上に軸足を置く構えではないか。つまり、北朝鮮やIS(イスラミックステート)に代表される目障りな国や存在を力で完膚なきまでにねじ伏せる「強さ」をさすのではないか。彼が繰り返してきた過激発言からすれば、そうとしか思えない。強権、高圧主義者、異常なまでの野心家、他人の進言に耳を貸さず自分の考えが唯一無二と信じ込み、自分がやりたいことはいかなる手段を行使してでもやり通そうとする。彼の過激発言から浮かび上がる人物像。

 アフガフニスタンを侵攻(2001年)した際に当時のブッシュ大統領が支持を得たように、米国民の多くは「戦(いくさ)を仕掛ける強気な大統領」を高評価する傾向がある。故に、"過激の権化"と表現しても過言ではないトランプは今、大統領の座の至近距離にいるのだろう。それは、「強い米国」を標榜することによっていずれ自分たちにしっぺ返しがくるなど、想像もしていない国民が米国内の大勢を占めることの表れ、とも解釈し得る。米国に今求められるのは「強い米国」ではなく、「世界を平和に導く米国」なのであり、一見表裏一体のようでまったく異質のものだ。直情的故に、トランプはその本質を理解していない。

 もし彼が大統領になれば、日本に対してさまざまな無理難題を押しつけてくるのは目に見えている。その一例として、4日には「このまま日本に米軍が駐留し続けるなら、その全費用を日本が支払うべきだ」と米CNNのインタビューに答える形でぶちあげた。その発言から察するに、彼は日本を同盟国などとは思っていまい。敗戦国日本を、小飼の犬にしか考えていないはずである。だからこそ平気で、日本を護ってやっていると言い切る。主人が飼い犬の世話をしている的な考え方だ。

 今のところ、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)は米国に喧嘩を売る気はないとの意思を示しているが、トランプなら対北朝鮮で火に油を注ぎかねない。いわば、戦争勃発の危機。「そんなことに、なるわけないだろ」と考える日本人は全国民の99.9%かも知れない。しかし、彼の過激発言の数々からすれば絵空事ではないように思える。

 無論背景は異なるが、かつてのアフガン侵攻のように、大統領に就任したトランプが北朝鮮の出方に業を煮やして過度な対立姿勢を示せば、北朝鮮の至近距離に位置する日本も間違いなく巻き込まれるだろうし、有事の際日本に対して彼なら「何を高みの見物をしている。お前らを護ってやっているのだから、今こそ恩返しをしろ」と北朝鮮への攻撃加担を強要するのは予想に難くない。

 北朝鮮は「米国と喧嘩はしない」と言いつつも、すでにその布石を敷いている。度重なる核ミサイル発射の”予行練習”。それに対してトランプが寛大でいられるとは、到底思えない。彼の思考の中では「目の上のたん瘤」のはずである。外交政策で良い方向に導くのではなく、手っ取り早いケリの付け方を選択するだろう。それほど危険な男を共和党員の多くは「たのもしい」と評価し、半ば盲目的に支持してきたのだろうが、いずれは国民にとって恐ろしい事態を招くことに気づかされよう。

 米国内では銃器による殺傷事件が、日々多発している。銃乱射による大量殺人もたびたび起こる。この事態をオバマは憂慮こそすれ、銃規制を断行することはついにできなかった。トランプが大統領に就任すれば、「憲法で保障された当然の権利」として米国民の銃器所持を礼賛することは目に見えており、これに伴って殺人事件も加速度的に増えていくことだろう。

 不動産王。超セレブリティなその位置は彼が一代でつかみ取ったものではなく、父フレッドの跡を継いで発展させたものだ。この世に生を受けた瞬間から、トランプは何一つの不自由のない至れり尽くせりの境遇で育ってきた。故に、貧困に身を置いたことのない大富豪が大統領になったとして、そのような者に貧しい者の苦悩を理解できようはずもない。

 移民問題も切り捨てるだろう。貧しい移民を受け入れぬどころか、容赦なく国外に退去させ、市民権を得ている移民をも国外追放しかねない。差別発言も甚だしく、昨年7月にメキシコ国境の町を訪れた際、「メキシコから移民が入り込まないよう、ここに長城がなければならない」などと発言したことは、差別主義を如実に示している。

 誤解していただきたくない点がある。トランプが米大統領にまったくふさわしくないというなら、民主党のクリントン前国務長官を支持すると思われそうだが、そうではない。彼女がオバマのもとで働いたことによって米国がより良くなったかといえば、到底評価できるものではない。さしたる力量のない人間が「米国初の女性大統領」という鳴り物入りで大統領になったところで、何も変わらない。世界を震撼させかねないトランプが大統領になるよりは、少しはましという程度にすぎない。

 最も危険な実力者、トランプが大統領になることは日本の国益をも損ねるばかりか、人類滅亡のシナリオさえもハリウッド映画ではなく現実のものになりかねない。クリントンと対決する本戦は11月。米国民の良識を望む。