デスクの独り言

第108回・2014年8月3日

企業誠意の分岐点 

 企業、とりわけ物品を販売する小売業にとって、消費者などからの苦情は努力しても避けがたい。それに対していかに誠意ある対応を取れるかが、当然のことながら評価の分岐点になるのではないか。大館市内の2つの大型小売店で、当コラム筆者の知人らが最近経験したことを紹介してみたい。この例では、顧客からの苦情に対してローカル企業と巨大企業の対応に雲泥の差があり、企業の誠意を垣間見る上で興味深いと思える。

 仮にAさん、Bさんとしておこう。Aさんは県内最大手のスーパーI社の2店舗で2日続けてパック入り牛乳各数本を購入した。同スーパーオリジナル商品の牛乳で、1パックあたり本体価格は前日に189円だったのが、翌日には180円となっていた。不審に思ったAさんは「店舗が違っても同じ市内の同じ企業の商品なのに、1パックあたりの本体価格になぜ9円もの差が出るのか。先に購入した商品に消費税の二重取りが発生したのではないか」という趣旨で、同社専用のフォームから問い合わせてみた。同社に対するクレームじみた問い合わせは、Aさん自身初めてだった。

 翌日、メールで回答が届いた。レシートの控えを調査した結果、2日目の本体価格180円はその日限りの特価だったことや、消費税引き上げ前は総額表示のため分かりやすかったのが引き上げ後は本体価格と消費税の二重表記となったため慣れるまで見づらいがご理解いただきたい旨の説明が、然るべき立場の管理職によってなされていた。丁寧に回答する企業姿勢に納得したAさんは、1人ひとりの顧客を大切にする企業であることを実感できたという。これにより、I社は1人の顧客を失わすに済んだ。1度離れた客を呼び戻すのは、心が離れてしまった分、至難の業となる。「きちんと答える」という"当然のこと"に可能な限り速やかに対応したことにより、I社は消費者の信頼を強固なものにした、とも受け取れる。

 方や、Bさんの体験は全国に知られる巨大小売店Iグループの大館店でのこと。Bさんが並んだレジはほんの2人しかいなかったが、同社が発行しているカードの処理にレジ担当者が手間取っているためか、なかなか前に進まずいらいらしていたところ、中年の従業員が隣のレジに立ち始めた。

 特売日以外の平日午前とあって店内は空いていて、隣のレジには顧客は誰もいず、担当者は何をするでもなく立っているだけだった。「こちらへどうぞぐらい言えないのか」と思いつつ、痺れをきらしたBさんは空いていますかと分かりきった質問をすると、しらっとした顔で隣のレジ担当者は空いています、と応えた。どうぞ、などとは一言も言わない。

 不快に思いつつも仕方なく隣のレジに移ったBさんは、後ろに誰も並んでいないのだから商品を袋に詰めてくれるぐらいのことはしてくれるだろう、その光景はちょくちょく見ているし、と期待したものの、中年のレジ担当者は「自分で詰めろ」と言わんばかりに、かごの中の商品の上に無造作にビニール袋を置いた。2枚なくてはならないほどの購入量なのに対し、担当者はさながら嫌がらせでもあるかのように1枚しかくれないことで、Bさんはさらに不快感を募らせなくてはならなかった。

 もう1枚ください、と言えばよさそうなものではあるが、このレジ担当者の不親切さを実は以前から感じており、気乗りせぬままレジを移動したこともあってBさんはやり取りを最小限にとどめたいと考えた。案の定、1枚に詰め込んだことにより、袋は破れそうなほどだったが、相変わらず手持無沙汰な顔で立っているレジ担当者にあらためて声をかける気にもなれず、大館店を辞した。

 このレジ担当者もさることながら、隣に立っても「いらっしゃいませ」一つ言えない従業員が、この店舗には複数いる。Bさんにとって評価の低い店舗だったが、住まいから最も近い位置にある関係上、仕方なくそこで買い物をしていた。

 翌日になっても不快感が、胸中でちりちりとしている。結局、Bさんは大館店の従業員の質が少しでも向上することを願いつつ、本社に直接届く問い合わせフォームでレジ担当者の氏名を明記しつつ、いつも不満に思っていることや店長はどのような指導をしているのかを質した。

 明確に回答を求めたが、待てど暮らせど返事は来なかった。苦情から6日目。質の向上を願って苦言を呈したのに無回答とはどういうことか、Iグループは顧客よりも従業員を大切にする企業なのか、とBさんは再度送信した。無論、同社に対しては初めてのことだが、さながらクレーマーにでもなったようで、抵抗感を否めなかったという。しかし、結局、Iグループからは詫びどころか、何ひとつ回答はなかった。

 インターネットで調べてみると、「Iグループは最悪だ」「苦情を申し立てても、2倍嫌な思いをするだけだ」など同様の不快感を経験させられた消費者が全国に数知れぬほどいることをBさんは知った。本社に送った苦情がそのまま担当店に丸投げされ、店長が握り潰す構図。「客の苦情などいちいち取り合うな」という姿勢が全国の店舗の隅々まで徹底されている。そうした印象を、Bさんは受けた。確かに、問い合わせによっては回答しない旨の明記が問い合わせフォームの説明事項にあった。しかし、企業誠意の観点から「これを回答せずして何を回答するのか」という強い思いがBさんにはあった。

 Bさんの解釈が正しければ、大企業ほど苦情に対して真摯に向き合う傾向がみられる中、Iグループはきわめて"特異体質"な企業ということになる。「客を客とも思わない大企業が存在するとは」と、驚きを禁じ得ない。また、巨大なブランド名に胡坐をかいた企業とも形容し得る。

 市内に数店舗ある関連店を含め、Iグループが経営するスーパーでは2度と買い物をしない、とBさんは決めた。2度目の苦情ではその旨もIグループに伝えたが、「どうぞ、どうぞ、もう来なくていいですよ」と言わんばかりの無視ぶりに、Bさんは驚きとともに大きな衝撃を受けた。かつ、そんな企業で何年にもわたって買い物を続けていたことに、後悔の念がふつふつと湧いたという。

 2社の大型小売店の企業姿勢を取り上げてみたが、読者の皆さんはどう感ずるだろうか。前者は誠意を示すことで、顧客を失わなかったばかりか、信頼を強固なものにした。後者は、みずから不誠実を示すことで顧客を失い、かつ失うことに危機感すら感じていない。   

 「たかが1人の客」の存在は小さいかも知れない。しかし、大勢の客は1人の客から成り立っている。1人を粗末にすると、いずれ何らかのしっぺ返しが来る。前者の企業はそれを理解しており、前者の何百倍もの規模を誇る後者の企業は最も大切な点を見失っている。かつ、経営危機にでも直面しない限り、1人の客の苦情を重視することも将来にわたってないだろう。膨大な広告宣伝費を投じて販売促進を図っても、個々の顧客を大切にしないのなら小売業として本末転倒ではないのか。

 確かに、世の中には悪意に満ちた苦情もあろう。だが、その多くは顧客の切なる願いに端を発しており、「私はこの店が好きだから買い物をしている。より良い店舗になってほしい」との思いが存在する。それに真摯に耳を傾けるか、握り潰すか。まさに、企業誠意の分岐点である。