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令和元年(2019年)6月17日付
曲田会堂を学術発表

建築史家の池田氏 
 
イタリアでの国際会議で

 

 神奈川県在住の建築史家、池田雅史氏(52)は今月、イタリアで開かれた国際会議「Utopia and Sacred Architecture Studies」で大館市曲田の県重要文化財、北鹿ハリストス正教会・曲田生神女福音会堂に関する学術発表を行った。同氏が同会議で発表した論文に対してスイスの出版社が関心を寄せるなど、秋田北地方の歴史遺産があらためて国際的に知られる可能性が出てきた。

 曲田の福音会堂は明治25年(1892年)、豪農の畠山市之助が私財を投じて信徒とともに曲田集落中心部の自宅敷地内に建立。ほぼ原形のまま残る木造のキリスト教教会堂としては日本最古級のきわめて重要な文化遺産で、設計は前年に東京・神田に完成した東京復活大聖堂(ニコライ堂)から影響を受けていると言われている。昭和41年(1966年)に県が重要文化財に指定。

 また、日本人最初のイコン画家として知られる山下りん(1857年-1939年)が描いたイコンは、近代日本の黎明期の洋画法を用いた作品として美術的価値も高く、平成3年(1991年)に大館市の文化財に指定された。

 池田氏が同会堂について学術発表した国際会議「Utopia and Sacred Architecture Studies」は、今月11日から13日までイタリアのカンパーニア州アヴェルサを会場に開かれた。

 建築史家の同氏の専門は「ロシアにおける建築の西欧化」。平成18年(2006年)から22年まで名古屋ハリストス正教会・神現聖堂の設計に参画し、近年はミハイロフスキー城(ロシア・サンクトペテルブルク)のイコノロジーに取り組んでいる。著書には「ニコライ堂と日本の正教聖堂」などがある。

 今発表で同氏は、ニコライ堂に加え、キリスト教団初期の和洋折衷の会堂やニコライ堂の基本設計を行った建築家ミハイル・シチュルーポフのロシアでの作品との比較を通し、曲田会堂がどのように成立したかに光を当てた。

 曲田会堂を、東方正教会の空間を語る上で欠かすことのできない「天国の先取り(幻影)」という概念に日本人信徒が到達した地点ととらえ、日本のキリスト教伝道史での重要性を明らかにした。

 「ニコライ堂の建築的・空間的な特徴から影響を受け、いわば19世紀ロシアの建築史がたどり着いた地理的な終着点として曲田の聖堂を取り上げた。従って発表には曲田会堂のほか、同じ日本ハリストス正教会教団の初期の会堂(柏と石巻に現存するもの)、ニコライ堂に加え、建築家シチュルーポフがロシアで設計した作品3つが登場した」と同氏。

 また、持ち時間の関係で今回は発表できなかったものとして、「日本人の大工が見様見真似で作ったとするには余りに整い過ぎた曲田会堂の内部空間を考えると、曲田の設計にシチュルーポフが関与した可能性もあると私は考えている」との見解を示している。今回発表した同氏の論文に対し、スイスの出版社Springerが「雑誌(電子媒体)に採用したい」と打診しており、動向が注目される。

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曲田生神女福音会堂(大館郷土博物館HPより)
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池田雅史氏(同氏提供)

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