デスクの独り言

第83回・2007年11月14日

比内地鶏の名誉回復 

 今月10日には大館署と県警生活環境課が不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで、(株)比内鶏をはじめグループ会社の秋田鶏卵食品工業(株)、(有)大館養鶏などあわせて6カ所を家宅捜索をするなど、比内地鶏表示偽装問題は「事件」へと発展した。

 一方、寺田典城知事は12日に招集された11月臨時県議会の知事説明で今月末をめどに「認証制度」の枠組みを定めたいとの考えを示したが、認証制度を確立しようがしまいが比内地鶏を生産、販売する側は今後しばらくダメージを受け続けることに変わりはない。問題をしでかしたのはごく一部の不埒な企業だが、比内地鶏の生産、流通にかかわる者、そして行政は一丸となって比内地鶏の名誉回復に全力をあげなければならず、たとえ1人でも「私は知らないよ」であってはなるまい。

 こうした中、当新聞社の産直部門に、わずかではあれ比内地鶏の名誉回復に結びつくと思いたい事例があったので、コラムの場を借りて紹介してみたい。高い人気を誇るフジテレビの番組に「SMAP×SMAP」というのがある。都道府県によっては放送日や時間帯が異なったりするのかも知れないが、県内では秋田テレビが午後10時から1時間番組として毎週月曜日に放送している。その番組の中でも定番が「ビストロ スマップ」と銘打つコーナー。

 SMAPの中居正広さんが司会を担当、木村拓哉、香取真吾、草g剛、稲垣吾郎さんらが2人一組で料理の腕を競い、ゲストに勝敗を委ねる企画である。このコーナーではたまに比内地鶏が食材として使用され、「このような調理の仕方もあるのだな」と興味深く視聴している。ゲストの希望に応じて毎回さまざまなメニューが登場するわけだが、料理の独創性や完成度は高く、よほど名のある人がコーディネートしているに違いないと思っていた。

 (株)比内鶏問題で、現地では天地がひっくり返るほどの騒動だった最中、当新聞社の産直部門に「ビストロ スマップ」で使用する比内地鶏のオーダーが入った。連絡をくれたのは、この企画でメニューをコーディネートをしている料理学校の担当者。料理学校の名はこの場では出さないが、校長先生が黒の詰め入り姿でよくテレビに登場し、いろいろな料理番組でも辣腕をふるっている学校だ。

 「比内地鶏をご用意いただけませんか」と、料理学校のS氏は受話器の向こうで言った。さすがに、ためらいがあった。「この時期に、あの有名なコーナーで比内地鶏をお使いになるのですか。今まさに表示偽装問題の渦中ですよ」。無論、心配はあろう。S氏は「おたくで扱っている比内地鶏は、信用していいですよね」と、念を押した。心配を払拭するように、「もちろんです。一点の曇りもありません」と自信を持って答えた。立ち入り調査に基づいて県が生産者に発行した確認書もあるし、そもそも(株)比内鶏のような県全体に泥を塗った最悪の企業と同一線上でとらえてほしくない。「少なくとも比内地鶏については、あのような不届きな会社は、県内にはほかにはないと確信しています」と付け加えた。

 食材調達を担当するS氏は、比内地鶏を大館市内のある食肉加工会社から仕入れていたらしい。電話の市外局番を聞いて、会社を特定できた。「今まで我慢に我慢を重ねて、その会社から比内地鶏を仕入れていたのです」と、彼は言った。電話口に出る女性社員はいつも横柄で、口頭での注文を受け付けないからFAXを送るよう、常に求めるのだという。一見簡単だが、文面作成を含めてFAX送信が面倒なものであることは、日々送信している方ならば容易に察しがつくであろう。

 (株)比内鶏の表示偽装問題発覚後初めて、「ビストロ スマップ」で使用する比内地鶏の注文を前述の会社に入れようとしたS氏は、受け付け女性の言葉に耳を疑った。「比内地鶏を用意できるかどうか、わかりません。少し待ってください」。「少し」どころか延々3時間待たされた挙句、「用意できません。今回はあきらめてください」と、女性は平然と言い放った。ついにS氏の堪忍袋の緒が切れた。「用意できました、と答えるのなら3時間待たされた甲斐もありますが、まったくできないと言うんですよ。さすがに我慢の限界を超えました」。

 実は、比内地鶏の肉を卸す地元企業の「横柄」な態度はその会社だけではなく、大半がそうだと言っても過言ではない。大方が「来たか、卸してやる」の殿様商売である。無論、前述のその女性とも電話で話したことがあるが、「いいですよ、別に、仕入れていただかなくても。お客はいっぱいいますから」という姿勢が言葉の端々から十二分に感じられる。恐らくS氏も客を客とも思わぬ態度に我慢に我慢を重ねて、比内地鶏を仕入れてきたのだろう。今回も、たかだか十数羽の比内地鶏を用立てできないことからすれば、その会社は(株)比内鶏が有していた約100カ所の取引先の一つで、新たな仕入先の確保に右往左往していたのではないかと思いたくもなる。

 「最高の比内地鶏をご希望の数、お届けいたします」と応えると、S氏は受話器の向こうで「本当に助かります」と喜んでくれた。「ところで、どうしてこの時期に比内地鶏をお使いになろうと考えたのですか」との質問に、「肉もさることながら、ダシで比内地鶏にかなう地鶏はありません。メニューを組み立てるにあたっては、SMAPといろいろ話し合いをしながら、本当に良い食材だけを使うことを念頭に置いているんです」と彼は答えた。

 "汚名"にまみれてしまった比内地鶏を、あえて使ってくれるという真摯な姿勢に心打たれるものがあった。そして頭をよぎったのが、「ビストロ スマップに比内地鶏を今登場させることによって、少しでも汚名返上につなげたい」ということ。「この時期ですから、番組の中で比内地鶏の名前が出ることはないでしょうね」と訊ねると、「2日後に収録します。その時に話しあって決めることになろうかと思います」。

 "渦中"の比内地鶏だ。あれほど視聴率の高い番組に「比内地鶏を使いました」などと紹介することはなかろうと半ばあきらめたが、それでも、名前が出ようが出まいが、絶対に比内地鶏を使うという信念の人がいるだけでも良しとすべきだろう、と思い直した。提供させていただいたのは、比内地鶏の丸鶏13羽とガラ10羽、それに本来孵化用に使用する貴重な比内地鶏の有精卵4個。速やかに発送し、S氏は「本当に良いものが届きました。これからも、よろしくお願いします」と、受話器の向こうで言ってくれた。

 11月12日は休刊日のため、11日に新聞の番組欄に掲載された。「小雪・薬師丸ひろ子が極うまラーメン」と書かれている。S氏の話では、麺を希望した小雪さんのために、比内地鶏からダシを取った最高のスープでラーメンを作るのだという。

 12日、放送当日。比内地鶏は木村、香取組が料理する。食材紹介で「比内地鶏」のテロップが、ほんの3秒ほど出ては消えた。続いて、スープに比内地鶏を使っている、と男性ナレーターが紹介した。比内地鶏の肉団子などを具として添えたラーメンが、ゲスト2人の前に差し出され、彼女らは最初にスープを口にした。おいしい、とても懐かしい味、という感慨がどちらからともなく洩れた。ラーメンは、公開中の映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の共演者として「ビストロ スマップ」に登場した2人にマッチングさせたメニューなのであろう。

 結局、「ご飯もの」で勝負した草g、稲垣組に「季節感」への高評価で軍配が上がったが、木村さんは番組の中で「比内地鶏を使いました」と、卵を含めて2度言ってくれた。番組はまたたく間に終了し、食材に比内地鶏を使用したのを全国のどれだけの視聴者が心にとめたのかは推察のしようもないが、食材として選んでくれたS氏と番組の奥行きの深さに感心させられた。

 何でテレビ番組にケチをつけてやろうかと手ぐすねを引いている「クレーマー」も全国には少なくない中で、あえて渦中にある比内地鶏を使用し、「これでどうだ」とばかりにあらためて全国に披露した間口の広さは大したものだ。比内地鶏はまぎれもなく本県が全国に誇る食材であり、こうした人気番組で堂々と使ってもらえたことは、ほんの少しであれ名誉回復への"踏み台"ぐらいにはなったのではないかと考えている。

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