デスクの独り言

第55回・2004年5月15日

「小泉、お前もか」

 「ブルータス、お前もか」。紀元前44年に、信頼を寄せていた部下ブルータスを含む共和主義者らに暗殺される直前のジュリアス・シーザーの言葉である。例えは少し違うが、国民の多くは今、「小泉、お前もか」と発したい気持ちではなかろうか。いうまでもない、連日大きくクローズアップされている国民年金未加入・保険料未納問題だ。14日にはついに、日本の国家元首たる小泉純一郎氏にも未加入期間がある事実が明るみに出た。当の本人は「政治責任はまったくない」などと突っぱねているが、仮に納付が義務づけられる以前の未加入期間であったにせよ、卑しくも年金制度改革関連法案を提案した立場の人間である。そもそも「政治責任はまったくない」などという言動さえ、総理大臣としての資質を問われる大問題ではないか。万が一野党の糾弾が生ぬるいもので終わるなら、野党は野党足り得ないことを自覚して事にあたるべきである。

 とはいえ、年金未加入・未納国会議員は与野党問わずゴロゴロ出ており、やや品位に欠ける表現だが「味噌も糞も一緒」の状態だ。菅直人氏から小沢一郎氏へ代表の首をすげ替えた民主党をはじめ、小泉氏に対する野党の追及も当然のことながらまったく重みのないものとして国民の眼にうつるのではないか。つまり、野党議員が小泉氏を糾弾しても、「じゃあ、お前らの党はどうなんだよ」と国民に罵声を浴びせられかねない事態なのである。

 国民年金法第2条によると、国民年金は「すべての国民を対象として、老齢・障害・死亡に関して必要な給付を行い、健全な国民生活の維持・向上に寄与することを目的」としている。自営業者や農林漁業者などとその配偶者、学生などを対象とする第1号被保険者、会社員や公務員などを対象とする第2号被保険者、第2号被保険者に扶養されている配偶者で20歳以上60歳未満を対象とする第3号被保険者と、保険料の納め方などの違いによってこれら3種類に区分されているが、「日本に住んでいる20歳以上60歳未満すべてが、原則加入しなければならない」という"鉄則"がある。

 しかし、国民の年金加入率は4割にも至っていないのが現状だ。青年層の未加入者には「年金なんて、いずれ消えてなくなるんだろ。払うだけ馬鹿馬鹿しい」と考える者も多いし、払える経済状態にもかかわらず督促をしても知らんぷりというタチの悪い者も全国には五万といる。払いたい気持ちは山々だが、生活が逼迫していてどうしても納付できないという家庭はともかく、タチの悪い者に対する制裁措置を国がきちんと取らない限り、善良な納付者が今回の年金制度改革関連法によって毎年首を締めつけられていくのは避けられないのである。

 ではなぜ、これほど多くの政治屋たちが、年金未加入・未納なのか。その前に断っておく。以前の当コラムでは「政治家と呼べる者は、今では数えるほどしかおらず、大半が政治屋に過ぎない」と断じたことがある。この思いは今も変わらない、どころか、さらに強くしている。国会が政治屋だらけであることを、今回の問題もまた如実に示している。

 つつましく暮らしている庶民にとって年金は、いわば老後の命綱のごときものだ。爪に火をともしつつ何10年にもわたって、こつこつと保険料を納め続ける。毎月毎月、納め続ける。これはとても大きな負担なのだ。なぜ、納め続けるのか。老後、死ぬまで年金をもらえると信ずるからである。しかし、青年層やタチの悪い者たちを中心とする6割近くの国民が事実上納付、加入を拒否していることにより、年金財政は半ば破綻状態にある。そこで苦肉の策として浮上したのが年金制度改革関連法案ではないか。「改革」ではなく「改悪」であることに疑いの余地はなく、施行されれば、これまでこつこつと納付し続けてきた善良な国民は年ごとに負担が増し、苦しめられていくという寸法だ。

 ではなぜ、これほど多くの政治屋たちが、年金未加入・未納なのか。前段の疑問点。政治屋の多くは、食うに困らない"人種"である。国会議員の多くは、カネがうなっている。企業の代表だった者も多い。そのような食うに困らない者たちが、何も庶民同様、せっせと納付する必要などない、と、考えていた政治屋も少なくなかろう。だが、年金制度改革関連法案によって「誰がきちんと払って、誰が払っていないか」という話が、最大関心事となった。"スカ"を引いた菅氏はもとより、役員辞職など詰め腹を切らされた代議士らはよもやこのような事態になろうとは予想だにしなかったはずだ。

 そして、福田康夫前官房長官の辞任によって深刻の度をさらに深めたとの印象は与えるものの、自民党の大臣らは誰も福田氏の辞任には追随しておらず、実際のところ民主党の菅氏にとばっちりが来たにすぎない。菅氏ですら、本当は民主の代表を辞めたくなかったろう。いわば、まったく予想外の"事故"で「志半ばの頓挫」を強いられた形だ。まさに「福田の辞任は、参院選を前にした自民の菅潰しではないか」と思いたくもなる。また、福田氏辞任の真相は、実は小泉政権に愛想が尽きたから、とも一部で報じられており、こうなると何が真実なのか、まさに政界は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界としかいいようがない。

 小泉氏の話に戻ろう。同氏の場合、加入が義務づけられる以前の昭和55年4月から同61年3月までの6年間、そして代議士になる前の11カ月間、それぞれ未加入だったという。予備校生だった時期など「法律上問題はない」として「政治責任はまったくない」と突っぱねているが、同氏はこれまで60歳以前の納付について「きちんと払っている」と明言し、議員になる前についても未納はなかったと自信満々に語ってきた。これまで未納が発覚した政治屋らは異口同音に、「私の認識違いでこうなってしまった。大変申し訳なく思う」などと釈明し、国民に頭を下げている。そのほとんどは単なる詭弁にすぎず、「知らなかったはずはないだろう。年金のお世話になどならなくともいいと考えていたので、知っていて払いませんでした」と正直にいえ、といいたいぐらいだ。しかし、小泉氏に至っては、文句があるかとでもいいたげに「政治責任はまったくない」とは聞いて呆れる。未加入時期はどうあれ「払っていた」というのに対して「払っていなかった」という虚偽を垂れたのは曲げようのない事実で、まして、年金制度改革関連法案の提案者なのである。それがどういうことなのかを、同氏は自覚すべきだ。要は、ほかの議員連中とは比較にならない重い立場にあり、一転の曇りもあってはならないのである。総理を辞職しろとまではいわないが、1年間給料の半分返納などみずから率先して何らかの責任を取るべきだ。「虚偽説明」だとして野党もこの問題について小泉氏を厳しく追及すると思われるが、野党は野党で未納議員が多数発覚している中で、どの面下げて糾弾できるというのか。

 さて、地元に眼を向けると本県の寺田典城知事は2年間未加入だったほか、大館市の小畑元市長があろうことかあるまいことか5年6カ月も、そして本荘市の柳田弘市長が3カ月、能代市の豊沢有兄市長が2カ月など、県内でも首長、県選出国会議員、県議会議員など政治を司る者たちが続々と未加入を"表明"している。こうなると、誰がどう責任を取っていいのか、収拾がつかない。さながら、「みんなで渡れば恐くない」よろしく「みんなで未加入なら恐くない」の様相だ。しかし、これらの者たちがこのまま「お構いなし」でいいわけはない。善良な県民、市町村民が払ってきたのに対し、範を示すべき彼らに払っていない時期があったのだから、議会や市民団体などはきちんと糾弾しなくてはならない。