デスクの独り言
                           
第48回・2003年6月7日

偉大なる米国

 戦争の終結とともに、イラク国内は復興に向けて動き出している。が、米国がイラクに武力攻撃をかけた正当性たる大量破壊兵器は、今も見つかっていない。ブッシュ大統領とその側近たちが声高にうたった「正義のための武力攻撃」は、彼らの巧みな外交手法と情報操作によって、世界各国から是認されたように錯覚してしまう。無論それは錯覚にすぎず、あの戦争に対する米国の主たる狙いが世界第2位の埋蔵量を誇るイラクの原油獲得であろうことは想像に難くない。戦争終結直後、みずからの息がかかった米国内の企業に、イラク原油関連の事業を抜かりなく与えていたことも、ブッシュ大統領やチェイニー副大統領をはじめとする"戦争首謀者"らがいかに己の利得で動いていたかを裏づけている。その矛先を他に向けさせる情報の操作に長けていることこそが、米国の偉大さであろう。無論それは誇れるものではあり得ない。

 米国の政治家だけではなく、企業、果ては米国捜査機関までが、いかに"根腐れ"を起こしているかを如実に示す一例を紹介してみたい。大館市内のある事業所のケース。U社と名乗るメリーランド州の骨壷専門業者が、JETRO日本貿易振興会を通じて日本から骨壷を仕入れたい旨の情報を発信したのは1月上旬のこと。骨壷ならば日本国内でもさほど競合しないことや、商材の特異性に着目した大館市の事業所は、すばやく全国各地の卸元、工場と折衝に入り、有田焼、益子焼を中心に仕入れる段取りを整え、1月下旬から米国企業と商談を開始した。

 商談が順調に進む中で、ある課題が生じた。大館の事業所は、骨壷のサンプルを最高画質の写真で米国企業に提示した。骨壷というより、骨壷にも対応できる日本独特の芸術的陶芸品であるため、価格は決して安くはない。大館側としては取引の有無を写真だけで、米国企業に判断させたかった。これに対して米国側は「すばらしい骨壷ばかりだ。全米の小売業者に直接触れてもらった上で仕入の細部を詰めたいので、サンプルを何点か送ってくれないか」と要請してきた。

 大館の事業所は初め、サンプル提供に難色を示したが、「米国との取引が実現するのであれば提供してもよい」との了解を日本の製造元から取り付け、イラク戦争勃発直後の3月下旬に空輸し、米国企業のもとに届いたのは4月初旬だった。大館の事業所は、貿易に絡む詐欺団が世界中で暗躍している現状を認識こそしていたものの、世界の一等国たる米国の企業なら、まさか高価なサンプルをせしめるのが目的の詐欺を働くことはなかろうと考えた。取引が成立しなかったらサンプルを即刻送り返すことを米国企業に確約させ、空輸した。

 その認識が甘かった。「届きました。これから全米の取引業者に回覧します」との返事が4月4日に大館側に寄せられたのを最後に、米国から音信が途絶えた。取引が始まれば毎月100個から5,000個の範囲で仕入れたい、と話していた米国企業。中でも有田焼の卸元は、大量生産体制を整えるという張り切りようだった。米国企業がもし詐欺集団なら、これから取引を進めようという有田や益子の生産者を落胆させるばかりか、それらに対して大館の事業所は一気に信用を失うことになる。

 5月に入っても依然何の返答もしない米国企業に対して大館の事業所は、「あなた方を信頼することができなくなった。取引しないと決定したので、即刻サンプルを返していただきたい。それすらも無視するのであれば、あなた方を詐欺とみなして、FBIに捜査を依頼する」と最後通牒を、U社とその上部企業であるA社にメールでたたきつけた。「大変申し訳なかった。ようやく準備が整ったので、商談を再開させていただきたい」もしくは「すぐにサンプルをお返しする」との返事が届くのを微かに期待しつつ、大館の事業所は送信から3日間待った。「何がFBIだよ。そんなものが恐くて商売やってられっか」とでもいいたげに、米国2社は最後の通告を無視した。仕方なく、事情をFBIに説明し、捜査を依頼した。「私たちはそれを深刻な事態と受けとめる。すぐにメリーランド州警察を通じ、所轄署に捜査を指示する」とFBIは約束した。

 FBIについては、ハリウッドの映画ぐらいでしか知らない。地方警察が苦心して捜査を進め、ようやく逮捕にこぎつける段になってしゃしゃり出、「あとは我々に任せろ」と、いわばトンビが油揚げをかっさらうエリート臭をプンプンさせた集団。それがFBIに対するイメージである。が、FBIがきちんと捜査指示を約束したことに対しては、ハリウッドの映画とは違う誠意のある機関なのかと思いたくもなる。

 米国企業へのインボイス(送り状)やおびただしい数のメール文面など、証拠品を米国捜査機関が大館の事業所に提出要請しても不思議ではない。が、そうした動きはまったくなかった。合点がいかず、大館の事業所はメリーランド州警察に対し、「FBIから捜査の指示がきているはずだが、私たちが米国企業に送ったサンプルが日本に戻る可能性はあるのか、それだけでも教えてもらえないか」とかけあった。

 同警察の返事は「24時間待ってほしい」だった。しかし、72時間待っても何の返事もなかったため、大館の事業所は「どういうつもりなのか。あなた方の感覚では、24時間はどれぐらいの時間をさすのか。すでに3日経っているが、あなた方にとってはまだ24時間ではないのか。あなた方のしていることは、捜査もせず、アメリカの犯罪企業を野放しにしているのと同じだ。それともあなた方は、日本の企業を馬鹿にしているのか」と、皮肉を込めて批判した。その時点で、FBIは事の仔細をメリーランド州警察にまったく伝えていないことを、大館の事業所は悟った。「やはりFBIはFBIでしかないのか。ハリウッド映画どおりの連中だ」と。

 数日後、大館の事業所に匿名で1通のメールが届いた。明らかにメリーランド州警察からだが、何の返答もできずにいたことへの気恥ずかしさなのか、送信者は匿名で、かつ州警察のメールアドレスではなく、よくある誰もが使える安っぽいものだった。そこには「この件を捜査するのは我々ではない。どこが担当するのか、週末までにお知らせするので待っていただきたい」と記されていた。匿名かつ州警察のメール以外のアドレスを使用したことに対し、大館の事業所は開いた口が塞がらなかったが、それでもきちんと顛末を教えてくれるなら、と堪えた。結局、州警察からはその後何の連絡もなかった。

 5月中旬、米国捜査機関への接触はこれが最後だった。大館の事業所はFBIに対し、「犯罪者を野放しにする、あなた方がアメリカ合衆国をだめにしているのだ。日本と米国は、政府間ではこれからも親密な関係を保つことだろう。が、国内の犯罪企業が外国企業に詐欺を働いても指をくわえてみているあなた方を、私たち日本のビジネスマンは許さない。真に悪いのは、犯罪を助長しているあなた方連邦警察、そして地方警察だ」と痛切に批判した。

 そうした批判に、米国人が好んで使う悪態「Fuck You」とでも思ったのか、FBIはもちろん州警察もだんまりを決め込んでいる。捜査経過を教えろといっているのではない、捜査に着手したのかどうか、サンプルは無事なのかどうかだけを大館の事業は知りたいだけなのである。確かに、日本警察も拳銃押収の捏造やさまざまな不祥事が発覚しているが、捜査は米国よりも熱心という印象を受けるし、検挙率も海外に比べて高い。米国の捜査機関はテロや強盗、殺人、巨大企業の不正、政治家の汚職などの捜査には真剣だが、それ以外はおざなりというマイナスイメージは、今回の「いい加減さ」からしても拭いきれない。

 日米両国が関係を深めているとはいえ、見方によっては日本は米国のイエスマン、もっと手厳しくいえば米国の飼い犬でしかない。小泉総理がブッシュ大統領に対して、「いや、それはできません」と毅然たる態度を示すことは、基本的にはあり得ない。米国との「同一歩調」といえば聞こえはいいが、本来あるべき「同一歩調」とは、現在の姿ではないはずだ。現状は飼い犬以外の何ものでもない。そうした意味では、イラク戦争に最後まで反対したロシアのプーチン大統領、フランスのシラク大統領などは「だめなものはだめ」と明確に否定し、国家そのもののステータスを感じさせる。本来、日本もそうでなくてはならないのだ。これは日米安保以前の問題なのである。

 大館の事業所は、日本企業のプライドでFBIやメリーランド州警察に噛みついた。大企業であるか、零細企業であるかという次元の話ではない。日本人としてのプライドなのである。サンプルが戻って来ないのは、たかが数10万円の損害だ。が、米国になめられるのは、日本のビジネスマンとしての誇りが許さなかったのである。そして、臭いものに巧みに蓋をしてしまう"偉大なる米国"の存在をあらためて痛感させられた。

 当然のことながら、米国人の大多数は善人であろう。が、とんでもない連中が日本とは比較にならぬほど多いのも米国、である。また、最近の統計結果でも、米国企業の詐欺にあった会社、個人の被害が世界的に多発している。こと、米国との取引についていえば、「ほかの国以上に疑ってかかれ」と提言したい。「はめられ」てからでは、遅すぎる。

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