デスクの独り言
                          
第38回・2002年6月22日

議員を辞めぬ理由

 あっせん収賄容疑で19日に逮捕された衆院議員鈴木宗男氏(54)は今月30日まで、状況しだいでは期間延長で拘置され、東京地検特捜部によってさまざまな角度から取り調べを受ける。「急ぎすぎた」といわれながらも、着実に権力を拡大しつつ栄達の階段を昇ってきた1人の男の挫折。拘置という、おのれ自身の人生設計図の中に描いてもいなかった状況下に置かれ、彼は今、何を考えているのであろうか。この期に及んでも逃れる術(すべ)を画策しているのか、それとも政治生命の終焉を自覚し、包み隠さずすべてを自供する気になるのか。彼の強気の姿勢からすれば、後者とは考えにくい。

 ブラウン管に映し出された鈴木氏を観察していると、彼にはある能力が備わっているように思える。みずからの信念に基づいて精錬潔白な政治生命を貫き、一点の曇りもないと、完璧なまでにおのれ自身に思い込ませる能力。記者会見などからもわかるように、彼は常に自身を肯定している。些細な落ち度すら認めない。道義的責任をとって国会を去る議員が相次ぐ中、鈴木氏のようなタイプの政治家は珍しい。彼は自身に徹底した暗示をかけているとしか思えない。おれは何も悪いことはしていない、と。だが、鬼の東京地検特捜部の手にかかって罪を逃れた政治家は、かつていなかったはずだ。あのロッキード疑獄の元首相ですら、軍門に下った。

 北海道の大地に生まれた鈴木氏は、小学校時代の作文に「政治家になる」とつづっている。将来どのような職業に就きたいか、その難易度にもよろうが、作文に「政治家になる」としたためて、実際に成就できる人間はどれほどいるだろう。国政ともなると、成功率は限りなくゼロに近い。その夢と野心を絶やさず、ついには実現させた意志の強さ、頭脳の明晰さは否めない。国政への近道も知っていた。影響力のある代議士の秘書になること。彼自身が完全にそれを咀嚼していたのであろう。北海道・十勝地方を地盤とする故中川一郎元農相の公設第一秘書をしていたことからも、うなずける。

 中川氏がみずからの命を絶った昭和58年、12月の総選挙で鈴木氏は中川氏の長男昭一氏と全面対決する形で初出馬。無所属で定員5議席中4番目と、かろうじて初陣を飾った。防衛、外務の各政務次官、北海道・沖縄開発庁長官、官房副長官、衆院議院運営委員長の各要職に就くなど、順風満帆の政治人生の過程で、「自分に屈しないものはたたき潰す」という権力者が陥りがちな驕りの呪縛に憑かれたのであろうことも十分に察せられる。しかし、基本的には政治家=権力者であることに違いはなく、多かれ少なかれ国会議員は、みずからの影響力を誇示するという意味では鈴木氏と大差のない"人種"といえる。鈴木氏との違いは、それがあまりにも露骨なものであるか、そうでないかの違いでしかない。いずれにせよ、社会の勝者たる政治家に驕りがないといえば嘘になる。

 田中真紀子元外務大臣の"天敵"としてクローズアップされた鈴木氏だが、今は各方面から議員辞職を求められている。が、これまで同様応援し続けるという帯広市を中心とする十勝総連合後援会など、一部の支援を除けば半ば四面楚歌に追い込まれているにもかかわらず、今に至っても鈴木氏は辞職の意思はつゆほどもみせていない。21日の衆院本会議では「今こそ責任を自覚して議員を辞し、自らの道義的責任を明らかにするよう」求める議員辞職勧告決議案が、全党の賛成で可決した。衆院で同決議案を可決するのは初めてだが、法的拘束力はなく、オレンジ共済詐欺事件で昨年実刑判決が確定して参院議員を失職した友部達夫氏と同様、失職するまで辞めないというプロセスをたどるのではないか。鈴木氏が議員を辞めぬ理由。本人にいわせれば「おれは無実だ」の一語に尽きる。「道義的」という観念は、そこには存在しない。起訴され、裁判で刑が確定し失職に追い込まれれば、「組織ぐるみで無実のおれを追い込んだ」という趣旨の言を吐くことも想像に難くない。

 現時点で鈴木氏にかけられている容疑は、北海道帯広市の製材会社から現金500万円のわいろを受け取った、あっせん収賄。国有林を無断伐採して行政処分を受けた同社は、林野庁に不正な働きかけをするよう依頼し、鈴木氏に札束を渡したとされる。これに対して鈴木氏は、官房副長官就任祝いとして400万円の政治献金を受け取っただけと主張し、不正な請託や林野庁への働きかけはなかった、と容疑事実を全面否定している。同容疑の共犯で、東京地検特捜部は21日に鈴木氏の政策秘書も逮捕した。特捜部は鈴木氏の起訴に強い自信をうかがわせている。贈賄の時効が成立しているのを拠りどころに、地検特捜部の捜査に協力しないよう、鈴木氏側が製材会社に釘を刺していたとする容疑も新たに浮上してきた。

 いかに頭脳明晰であったにせよ、四面楚歌の状況下で一個人が巨大捜査機関と対峙したとき、行き着く先はほとんどの場合、完膚なきまでの敗北。用意周到で執拗な取り調べと向かい合い、鈴木氏の自信は少しずつ揺らいできているのではないか。それでもなお最後まで容疑事実を突っぱね続けられるとすれば、人並み外れた強靭な精神力と頑固さを兼ね備えた人間ということになる。と同時に、なぜその力を日本のため、国民のためによりよい方向に向けてくれなかったのか、と悔やまれる。取り調べ中のあっせん収賄容疑、そして外務省公電漏えい、国後島のディーゼル発電施設建設など一連の立件に向け、特捜部のあぶり出しは続く。

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