デスクの独り言
                           
第27回・14年1月25日

まつと比内鶏

「松嶋菜々子さんとドラマで共演する比内鶏をお支度いただけますか」。そんなオーダーが当新聞社流通部門に都内の動物専門プロダクションから入ったのは「成人の日」の直後であったろう。一瞬、首を傾げた。問い返してみると、NHKの大河ドラマに出演させるのだという。大河ドラマといえば、朝の連続テレビ小説と並ぶ国民的ドラマである。今年の作品「利家とまつ」に、松嶋菜々子さんが唐沢寿明さん演ずる利家の妻まつ役で出演しているのは知っているし、織田信長役に松嶋さんの夫、反町隆史さんが出演しているほか、菅原文太、丹波哲郎、八千草薫、松平健、そして若者に大人気の竹野内豊などそうそうたる顔ぶれが出ているだけでも一見の価値がある。

信長に仕えた戦乱の武将利家の妻まつと比内鶏は、どんなかかわりがあるのだろう、と興味を膨らませつつプロダクションに訊ねてみた。すると何と、今から475年前の1527年に生まれて12歳で利家に嫁いだまつは、比内鶏を可愛がっていたのだという。これにはさすがに驚かされた。今の秋田県北秋田郡比内町を中心とする比内地方の原種比内鶏がいかなる経緯で、加賀百万石の礎を築きあげた利家の妻まつと出会うことになったのだろうか。

今回の"出演"と新たな史実は、天然記念物比内鶏のすばらしさを全国に知ってもらうチャンスになるかも知れないと考え、さっそく撮影用比内鶏の支度に奔走した。プロダクションの希望に沿って2つがいを用立て、大館能代空港から羽田に向けて飛ばしたのが2日前。「卵も必要なんです。どうしても手に入らなければ普通の鶏卵で代用しますが」とも注文された。比内鶏の卵は一般の鶏卵に比べて一回り小さく、茶色である。「ドラマだから普通の卵でもいいのかも知れませんけど、ブラウン管の向こうではどんな人が見てるかわかりませんよ。卵もきちんと用意しましょう」と返し、10個を宅配で送った。そしてきょう夕方、4羽の比内鶏は松嶋さんとご対面し、撮影に入る。放送は4月28日、第18回という。

500年近くも前、秋田北地方の比内鶏がまつに可愛がられていたというのは大きなロマン、と感慨に浸るのは私だけだろうか。これを地域興しや観光推進に何とか役立てられないものかと思案し、数日前、一つのアイデアを比内町役場職員に提案してみた。話は飛ぶが、大館といえば忠犬ハチ公の古里。大館に国内外から訪れた観光客からは「天然記念物の秋田犬を見たいのですけど、どこへ行ったら目にすることができるのですか」という疑問、不満が尽きなかった。これに応えようと、数年前、秋田犬会館敷地内に秋田犬舎が造られ、観光客がいつでも"生きた"秋田犬を見られる配慮をした。比内町を訪れた観光客が天然記念物比内鶏を見たいと思っても、かつての大館市同様、ちょっとやそっとではお目にかかれない。

そこで、その役場職員に「松嶋さんと"共演"する比内鶏を町に提供するので昨年暮れに完成した道の駅ひないの一角に観光用の鶏舎を造って、収録写真とともに多くの人に見てもらってはどうか。話題性もあるし、比内鶏のPRに一役買うのではないか」と提案した。これに対する彼の返答に落胆した。「比内鶏などというものは存在しない。あれは架空のものだ」というのである。信じられぬ返答に「はあ?」と、口を半開きにせざるを得なかった。問い質してみると、生まれてこの方、天然記念物比内鶏を見たことがないというのだ。そうなると、当然のことながら、比内鶏と食用に改良した比内地鶏との違いもわかるはずがない。

「比内町民で比内鶏を見たことがある人が何人いると思う? あんまりいないと思うよ」と、その職員は比内鶏と比内地鶏の違いを知らぬ"恥"を脇に押しのけ、開き直った。彼が最も肝心な部分を取り違えていることに、憤りを感じてしまう。天然記念物比内鶏を見たことがないとして、それが一般町民なら許せもしよう。が、比内鶏と比内地鶏を町活性化の起爆剤にしようという比内町の"尖兵"たる役場職員が「比内鶏を一度も見たことがない」では、洒落にならない。

「中央省庁や県職員などが視察で訪れ、あなたがその応対をしなけばならなくなり、比内鶏と比内地鶏の違いって何ですか、と訊かれたらどう答えるの?」とたたみ返したら、「その時は仕方がない。ほらを吹く」と答えたのには笑ってしまった。本当は笑い事ではなく、比内鶏、比内地鶏を町興しの切り札にしている町の職員の中に比内鶏と比内地鶏の違いすら知らぬ者がいること自体、「田舎役場なんてこんなものなのだろうな」と失望されかねない由々しき問題なのである。何のことはない。飼育農家のもとへ出向いて比内鶏と比内地鶏を並べて一見すれば、すぐに違いはわかる。それをしないところに、役場職員としての驕りと怠慢がある。

その職員は、道の駅の一角に鶏舎を設けて訪れた人に天然記念物比内鶏のすばらしさをアピールしては、という提案に「そんなことに大した意義は感じられない。第一、誰が比内鶏など見たくて道の駅に来るものか」と、鼻もひっかけなかった。ここで誤解していただきたくないのは、特定の役場職員を批判しているのではない。それが町役場職員のごく一般的な認識だとするなら、とうてい町興しなどおぼつかぬことを強調しているのである。少なくとも比内町では「たかが比内鶏」などと思っていないと信じたいし、思っているはずはない。ならばもっと勉強せよ、といいたい。

あす26、27日の2日間、比内鶏を核とする町興しイベント第18回「比内とりの市」が比内町民グラウンドで開かれる。戦乱の世に、まつが比内鶏を慈しんだという史実は知らなくても、比内鶏とはどのようなものであるかを職員はもとより町民、来町者に知らしめる努力を行政がふだんからきちんとしてこそ、そうしたイベントも真に価値あるものとして生きてくる。でないと、大河ドラマに出演するのも比内鶏ではなく、その辺のブロイラーで事足りてしまうし、まつが慈しんだ鶏も比内鶏である必然性すらなくなってしまうのである。