デスクの独り言
                           
第20回・13年9月12日

21世紀、恐怖の予兆か

11日、日本時間午後10時すぎ、あまりにも衝撃的な映像が瞬時に世界中を駆け巡った。摩天楼が丈を競うニューヨーク、マンハッタン島。そこで人類にとって忘れることのできない悲劇が起きた。110階建ての2つの高層ビル、世界貿易センタービルに航空機2機が激突し炎上、1時間数十分後、2棟とも崩壊した。死傷者の数はいずれ把握できると思うが、多くの人間が残されたまま一瞬にしてビルが崩壊したことからすれば、犠牲者は5,000人を超えると推察される。

恐怖の同時多発テロ。一瞬、ハリウッド映画かと思わせるあの映像はまぎれもなく事実、それも人類史に深い刻印を残すあまりにも悲惨な事実である。世界貿易センタービルへの激突と前後してワシントンのペンタゴン(米国防総省)に3機目が突っ込んだほか、ホワイトハウスを狙ったとみられる4機目の航空機がピッツバーグ近郊に墜落した。これら4機の航空機はいずれもハイジャックされたものと伝えられ、4機の乗客、乗員あわせて266人が死亡。全米がパニックに陥り、軍はDレベルの最厳戒態勢を敷いている。

ブッシュ大統領は航空機突入直後に声名を出し、「必ずや犯人を突きとめて法の裁きを」との決意を表明した。以前からテロリズムの黒幕と目されていたイスラム原理主義指導者の名が、米国への大がかりなテロをほのめかしていたこと、飛行士を含む兵士の訓練に力を入れていることなどを背景に今回も挙げられている。実行犯の犯行経路を含め、早ければあすにも事実がうかび上がってくるのではないか。

犯行組織や指導者を支援した国に対しても断固たる制裁を加える、との決意をブッシュ大統領が示していることからすれば、米史上最悪のテロ事件となった今回の同時多発テロが米国による報復攻撃に発展するのは必至だろう。そうなると、国際法上、今回は「テロ」ではなく、大統領は「戦争」と位置付け、「正義」を掲げる必要性から米国の単独報復ではなく、湾岸戦争のときのような多国籍軍で臨むことも予想される。そうなった場合、湾岸戦争で「自衛隊はまったく顔が見えない」と批判された日本はどう対応するのか、戦地に赴いて後方支援にまわるのか。だが、日本には憲法第9条がある。小泉首相をはじめとする首脳陣は、きわめて頭の痛い問題をかかえることになろう。

腑に落ちぬ点が1点。小泉首相は談話の中で「予測不能なので、怖い」と、今回のテロ事件に対するのコメントを出した。米軍部は本当に予測できなかったのか。軍部は大型機から小型セスナ機まで、米上空はもとより広範囲にわたって航空機の航路を常時捕捉している。また、個人さえ特定できる衛星監視システムも保有している。湾岸戦争の際も最新鋭のレーダーシステムが大きな成果をあげた。しかるに、世界貿易センタービルに突入する以前にハイジャックされた航空機は従来の航路を逸脱しているはずであり、なぜその時点で軍部は事態を重視し、詳細な事実把握や威嚇のためにF15などを事前スクランブル発信させなかったのか。それとも米軍部は、世界貿易センタービルにきわめて近い位置を航空機が飛行しても「通常の航路」としか認識できない脆弱な捕捉システムしか持ち合わせていないのか。日本人を含む多くの犠牲者には、心からお悔やみを申し上げたい。また、行方不明になっている方々の1刻も早い救助を願ってやまない。その上で、航空機がビルに激突するまでまったく異変を感知できずにいた米軍部、そして米政府には大きな疑問を禁じえない。それは、混乱のさなかの今はまだ論じるべき問題ではないのかも知れないが、時が経てば重要な視点になってくるのではないか。

ところで、IRAやバスクをはじめ、世界中に恐るべきテロ集団がある。44人の尊い命を奪った新宿の雑居ビル火災でも、一部メディアに「思い知ったか、日本人」という趣旨の電話があったという。これについては捜査を継続中だが、いずれにせよ人的、物的に多大な被害を及ぼすテロ組織、集団に対しては各国政府も手をこまねいているわけではなく、犯行阻止、組織の壊滅に総力をあげている。しかし成果は上がっておらず、国家元首をはじめとする各国の要人はもとより、今回の未曾有の事件のように罪のない多くの人々が犠牲になる危険性はきわめて高い。これは欧米や中近東、南アジアなど限定的地域だけではなく、日本にとっても対岸の火事ではないことを意味する。特に日本の場合、靖国神社参拝問題、歴史教科書問題などが根強く中国、韓国の非難の的になっているだけに、こうした面でもテロ対策は常に視野に入れておかなくてはならない。オウム真理教のような、恐ろしい前例もある。

そのような意味でも各国が一層緊密に協力しあいながら、根こそぎ組織を壊滅させるという断固たる決意で臨まぬ限り、今後第2、第3の「世界貿易センタービル」が続発する危険性は高い。まして、英国のように最も憎いはずのテロ組織の「政治部門」を一般政党と同様に認知、厳密には英国議会の中でも批判議員は多いながらも、そうした政治部門が大手を振って政治に関与していること自体異常なのである。つまりこれは、各国ともテロ事件が発生したら犯人逮捕には全力をあげるものの、組織根絶にはほど遠い状況にあることを裏づけている。ただ、今回のように直接犯行にかかわった者が最初から命を捨ててかかる自爆テロも増えてきているため、犯行を未然に防ぐこと自体きわめてむずかしくなってきているのも事実であろうが。

犯行者、犯行組織、グループは人間の皮をかぶった悪魔であることに違いはないが、それにしても何がそこまで自爆テロに駆り立てるのか。自爆した人間にも肉親はいるだろう。それら血縁、そしてみずからの命を捨ててまで、大都会のビルに乗員、乗客をみちづれにして激突するなどという、およそ人間にはできぬ行為になぜ及べるのか。戦時中、日本にも神風特攻隊が存在し、敵艦に体当たりして多くの若い命を散らした。大本営の絶対的命令に支配されていたとはいえ、玉砕した若者たちには祖国や愛する者を身をていして守るという大義名分があった。自爆テロとは基本的にまったく異なるし、第一それはテロリズムとは相容れない位置にある精神である。それ自体同一線上で語ろうものなら、特攻隊員として散っていった人たちや遺族に申し訳ない、ということになる。

では、自爆テロの根底に横たわるものは何なのか。組織もしくは指導者による洗脳なのか、個々の思想なのか、愛国心なのか、はかり知れぬ怒りと憎しみなのか。いずれにせよ、飛行訓練を受けてビルに激突した直接犯行者らは、その肉体の一片たりとも今となってはこの世に存在しない。直接犯行者は組織や指導者の「一兵卒」にすぎない。その背後で、どす黒く強大かつ狡猾な悪魔が哄笑している。

21世紀幕開けの今年、今回の事件は人類にもっと恐ろしいことが待ち構えていることを予兆する、いわばプロローグなのか。私たち人類は、本来兄弟であるべき同じ人間が仕出かす突然のテロに怯え、震えながら生きていかなくてはならないのか。