デスクの独り言
                           
第18回・13年8月27日

誰がためのペイオフ解禁

来年4月から銀行預金の全額保護措置が廃止される。いわゆるペイオフ解禁。大変な時代に入ったといわざるを得ない。銀行など金融機関が破たんしても、手元に戻ってくるのは1千万円だけなのである。個人預金でも不安なのに、数千億円レベルで金融機関に預入れをしている都道府県、数十億円から数百億円レベルの市町村も、その不安は例外ではない。むしろ、預金が都道府県民、市町村民の血税であるという性格からすれば、行財政に及ぼす事態はより深刻なものとなる。

例えば秋田県。歳計現金、基金、預託金あわせ、多いときで2千億円の公金を金融機関に預け入れている。いくつかの金融機関に分散預金しているとはいえ、一行が破たんしただけでも保護されるのは"わずか"1千万円なのだから、県民に与える有形無形のダメージたるや、はかり知れない。企業に至っては、金融機関への預け入れ規模が大きければ大きいほど、金融機関破たんのあおりを受けて連鎖倒産が相次ぐ危険度が飛躍的に増す。

銀行の全額保護措置廃止は誰を守るためのものなのか。ある銀行。数年前から「危機説」がささやかれ、「あの銀行は○○銀行に合併を働きかけたが断られた」と、まことしやかに噂されている。預金者が「おたくの銀行、危ないそうだけど本当?」と訊ねて「はい、そうです」などと、銀行側が答えるわけがない。金融機関破たんは、預金者、債権者に対して破たん直後、つまり取り返しのつかない段階に至るまで知らされないのが常である。

だからこそ、預金者も明確な情報がないゆえに噂には過敏になる。「危ないそうだ」という噂が流れると、預金者心理としては当然のことながら、なけなしの預金を全額即回収したいと願うのは当然だ。そうなると、銀行預金は怒涛のごとく流出し、一気に破たんへと直結する。金融機関ではないが、大館市の老舗百貨店の「友の会」の会費が短期間でまたたく間に解約によって流出し、結果、百貨店を倒産に追い込んだのと、理屈的には何ら変わらない。あれは、国が倒産への決定打を浴びせた。金融機関にしたところで、「ペイオフ解禁によって預金の大半を返さなくて済む。よかった、よかった」などと思っているはずはないのである。

ペイオフ解禁は、噂が火種となって金融機関を破たんに追い込む危険性が増すことを意味する。そうした観点からすれば、ペイオフ解禁は決して金融機関を守るためのものではない。それどころか、常に危険と隣り合わせの状況に追い込むものといえよう。まして預金者にとっては、1千万円以上手元に戻らないわけであるから、預金者保護にもならない。そして行政もまた、「あの銀行は地域とともにあるので保護しなくてはならない」などと考え、危機説が流れてまでも公金を預け入れてくれるはずはない。むしろ公金であるがゆえに、引き潮のごとく即座に全額「解約」せざるを得ない。諸々の状況から推察すると、全額保護措置の廃止が誰のためになるのか、やはり理解に苦しむ。

中小企業の経営者は、なおさら不安が増すのではないか。ある食品専門店の経営者はこういった。「今の銀行負債は8千万。今年は昨年以上に売上が不振だ。これまでは銀行への返済も悠長に構えていたが、今年はまったく事情が違ってきている。一切融資をしてくれなくなったし、むしろ焦げつきを少しでも解消しようと銀行も躍起だ。長期返済を見込んでいた銀行負債を、銀行側があすにでも全額返してくれということになれば、1日で経営が立ち行かなくなる」と。同じ事情の企業はきわめて多い。

中小企業に限らず、大半の金融機関もまた経営破たんと隣り合わせの状態にあるため、リストラ策は当然のことながら、合併による経営立て直しを常に模索している。フルコミッション制にシフトしてきているのはノンバンクばかりではなく、銀行もまたどれだけ債権や預金を獲得してきたかで100%給与が決まる完全歩合給時代が早晩到来するであろう。取り立てるものは早く取り立てないと行員自身の生活まで危うくなる時代。不良債権の回収努力によって、銀行もかろうじて財務諸表上、黒字決算を保っているのが現実なのである。そうした中でのペイオフ解禁は、あまりにも多くのものを混乱させる、と十分に予想できる。

都道府県や市町村は今、ペイオフ解禁にどう備えるかで、頭を悩ませている。現時点で不安材料のある金融機関から全額引き上げることは到底できないし、金融機関の不安要因を事前情報として入手する能力は自治体にはない。破たんによって行財政に大きなダメージを与える事態にでもなれば、地方債などでがんじがらめの自治体はそれこそ行政破たんに等しい事態に追い込まれる。まして、行政現場には金融の見通しをある程度明確に分析できる専門的人材はほとんど皆無。そうなると、いわゆる「お役所仕事」で、事が起きてから庁内に「対策委員会」を設置するしかない。それではもう遅いことを行政職員の誰もが知っているのだが、未然防止できないのが行政の基本的体質ということからすれば、これもまた致し方ない。そんなこんなで、財政担当部署は何とも頭の痛い状況に直面している。来年4月以降、金融はどうなるのか、日本経済はどうなるのか。多くの国民が心配している。