デスクの独り言
                           
第14回・13年7月31日

町選管への批判


秋田県阿仁町の選挙管理委員会は7月28日、6月24日に投開票が行われた任期満了に伴う町長選挙を無効とする決定書を告示した。町特別養護老人ホーム「山水荘」での不在者投票手続きで違法行為が行われたと認定。これが不正行為を誘発した可能性があるとしながら、1票差の選挙結果が異動する恐れがあったとしている。これにより、秋田県内一の過疎、高齢化の町、阿仁は県内で戦後初めての首長選無効という大きな汚点を町史に残した。

今町長選には、3期12年間務めた今井乙麿氏の勇退を受けて、元大館市教育長の浜田章氏(75)、前助役の小林精一氏(66)、前町議の山田博康氏(51)を含む3新人が立候補。開票の結果、浜田氏が1,475票、小林氏が1,474票とわずか1票差の勝敗となった。あきらめきれない小林氏は町選管に異議申出書を提出、「山水荘」で規定に反した選挙運動が行われたほか、6月20日の不在者投票でも違法な代理投票が行われた、と訴えた。

同ホームには痴呆症を含む58人が入所している。入居者の意思を十分確認せずに54人分の投票用紙を町選管に請求していたのは公職選挙法施行令(50条4項)に違反する、と町選管は認定。また、不在者投票でやはり投票の意思を確認できなかった入居者5人についても、代理投票を行った際に公選法に定める代理投票記載者(2人)を立ち会わせずに施設長(投票管理者)と2人の職員(立会人と事務従事者)の3人だけで「白票」として投票したことも同施行令(48条2項)に違反すると認定。しかし、同3人のうち1人は本当に「白票」だったかどうか確認していないとしており、町選管もその事実確認はできず、「不明」で結んだ。こうした一連の状況から選管は「1票差という選挙結果に異動を及ぼす恐れがあった」と判断し、選挙を無効とした。

先日、元新聞記者で今は精神薄弱者更生施設の係長として勤務する友人がこういった。「このようなケースは職員が内部告発でもしない限り、調査機関が事実関係をつかむのはむずかしい。特に精薄施設の場合は、職員が特定候補者の氏名を書かせるよう仕向けることは可能だが、誰それにいわれてやった、と入所者がぽろりと口にする危険性は多分にある」と。確かにそのとおりである。それは痴呆症の老人が少なくない特養ホームも同様で、事実上町を二分する選挙であったことを背景に、内部告発によって事実が明るみに出たことも容易に察せられる。

ただ、これは阿仁町だけのケースではなく、水面下では全国的にうごめき続けている事態なのではないか。自治体名は明かせないが、こんな例があった。全国から福祉施設を積極的に誘致していた自治体。そこでは特定の首長が長期政権を誇示していた。施設の入所者は当落を左右しかねないほどの数にのぼる。現職首長の支持者が施設職員にも多いため、入所者にあらかじめ投票用紙に記載する候補者の名を覚えこませる。そして投票。長期にわたって「違法」が行われていたことは、多くの住民が「暗黙の事実」として認知していたほか、記者の間でもささやかれ、議会でも「疑いあり」と一般質問などで取り上げられた。しかし、決定的な証拠は出ていない。つまり、未だ膿は絞り出されていないことになる。精薄施設の入所者や特養ホームの痴呆症老人などは立候補者の公約はもとより、どんな人物かも知らずに投票させられるケースは意外に多いのかも知れない。選挙の公正を期すためにも秋田県選挙管理委員会は1度、指導的立場から県内全市町村の福祉施設をチェックしてみる必要があるのではないか。

今回の阿仁町のケースは、施設職員側に作為的な意図はなかったかも知れないが、施設に痴呆症老人が相当数いるという事情を考慮したとしても「違法行為」に対して施設長自身に「違法である」との認識が欠落していた点は、公務員資質の欠落を意味する。また、数年間にわたってそうした違法行為が行われていた事実を、今になってようやく掌握に至ったという阿仁町選管(事務局=町役場)のチェック体制のずさんさも、批判のそしりを免れるものではない。今回のケースはそれだけ重大かつ深刻なことであり、阿仁町にとどまらぬ県内全市町村への教訓の意味を込め、町選管に対しても秋田県選管は何らかの処分、措置を検討すべきではないかと思う。なぜなら、今回はたまたま氷山の一角が見えたにすぎぬ可能性を否定できないからである。